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【岐阜県・大垣城】関ヶ原の戦いの際に西軍の本拠となったお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

岐阜県大垣市の大垣城です。

1535年に宮川安定が築城したことに始まり、1559年に氏家卜全が入城すると堀や土塁、お城と城下町を取り囲む総構えを築き本格的な城郭に改修しました。

1600年の関ヶ原の戦いの前には石田三成が入城し拠点として使用されました。

1635年には戸田氏鉄が城主となると明治維新まで戸田氏が代々城主となりました。

現在では、天守閣や櫓、城門が再建され当時の姿を垣間見る事が出来ます。

大垣城

所在地:岐阜県大垣市郭町2-52

城 主:氏家氏、池田氏、羽柴氏、伊藤氏、戸田氏、

続日本100名城スタンプ場所:大垣城天守内

大垣城の南東に丸の内駐車場があります。

有料ですが、250台ほど駐められる大きな駐車場です。

東門

本丸の東には東門があります。

戸田家の別邸として使用されていた、旧内柳門を移築したものになります。

堂々とした立派な櫓門で、櫓部分の下部が下見板張り、上部が白漆喰の組み合わせが特徴的です。

天守閣

東門を通ると天守閣が見えて来ます。

木々の間から石垣と天守閣が少し見えているのが、ワクワクします。

天守閣

大垣城の天守は戦前まで現存していましたが、戦火により焼失してしまいます。

現在の天守閣は1959年に、鉄筋コンクリートで再建されたものになります。

四重四階の上階に行くに従って逓減していく、層塔型の天守閣で、縁起が悪いため四重は避けられがちで珍しいです。

内部は資料館になっていて甲冑などの武具や大垣城のジオラマ、関ヶ原の戦いの資料などが展示されています。

おあむの松

天守閣の横にはおあむの松が植えられています。

関ヶ原の戦いの際に、おあむは父と共に西軍側の大垣城へ入城しました。

落城の危機に募っていた所におあむの父が徳川家康の手習いの先生であった為、お城から逃がすと矢文がありました。

おあむ父子は西堀端の松の横からタライ舟にのり、無事脱出する事ができました。

このことから、西堀端の松はおあむの松と呼ばれる事になりました。

天守閣と西門

本丸西には西門があります。

1985年に再建された櫓門です。

狭間の位置が変わった所にあります。

門扉も無いので、当時の資料等に基づいて再建されたようではありません。

大垣城公園内には滝があります。

公園内を散策していると目に入って来て、滝があるとは思っていませんでした。

ちょっとびっくりです。

これはこれで面白いです。

辰巳櫓跡

滝の近くには辰巳櫓跡があります。

高台にありこの上に櫓が築かれていたようです。

当時の大垣城は天守を初め、三重櫓、二重櫓が合わせて13基もあった大規模な城郭だったようです。

大垣城は日本中心にあり交通の要衝だった為、豊臣秀吉にもかねめの城と云われ重要視されていました。

戸田氏の像

大垣城は関ヶ原の戦いの際に使用され、歴史のターニングポイントとなるお城です。

再建されて天守閣内では関ヶ原の戦いが学習でき、天下分け目の合戦の緊迫感を感じ取ることができるお城です。

また、大垣市は名水が有名で、湧き水が至る所にあります。

市内をゆっくり散策するのも良いかと思います。

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