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【岐阜県・墨俣城】木下藤吉郎が墨俣一夜城を築き、出世するキッカケとなったお城

お城

お城を紹介します。

岐阜県大垣市にある墨俣城です。

1562年、織田信長が美濃の斉藤氏との戦いの中で、攻略の拠点として川の中州に砦を築こうとしていました。

織田家の重臣、佐久間信盛や柴田勝家が築こうとしましたが、敵の攻撃に遭い失敗します。

そこで、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が自分なら砦を築いて見ませすと進言すると、木材の加工を事前に行い、川の上流から墨俣まで流し、夜の内に木材を組み立て、一夜にして砦を完成させてしまいます。

墨俣に砦を築き拠点とする事で、美濃攻略に大いに貢献する事ができた為、ここから木下藤吉郎は出世の階段を駆け登って行くことになります。

現在では、長良川の西岸に外観を天守閣に模した、大垣市墨俣歴史資料館が建てられ、墨俣の築城や秀吉の歴史を学ぶ事ができます。

墨俣城

所在地:岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742-1

城 主:織田氏

日本100名城スタンプ場所:該当無し

墨俣城から南へ500mほどの所に、観光客用無料駐車場があります。

20台ほど駐められる駐車場です。

犀川越しに見る天守閣

駐車場から歩いて行くと、犀川越しに天守閣を見ることができます。

墨俣城は美濃攻略のために築かれたお城で、川の中州に位置しています。

すぐ西には長良川、更に西には木曽川、東には揖斐川が流れていて、斉藤氏の居城である稲葉山城への距離は10㎞もありません。

犀川に架かる橋から見る天守閣

犀川には歩道橋が架けられていて、天守閣まで行くことができます。

現在の墨俣城天守閣は、大垣城をモデルにして建てられています。

外観は四重で最上階には金色の鯱があげられています。

当時の墨俣城は城砦のような施設であったと思われ、天守は建てられていません。

豊臣秀吉の像と天守閣

橋を渡り切ると天守閣が目前にあり、豊臣秀吉の像があります。

豊臣秀吉が墨俣一夜城を築き、出世するキッカケとなったお城と云われていますが、実際には江戸時代に創作された伝説とも云われています。

太閤秀吉出世の泉

天守閣の広場には、太閤秀吉の出世の泉があります。

石造のひょうたんから水が出ています。

豊臣秀吉は美濃攻略で手柄をあげた為、織田信長からひょうたんの馬印を与えられたと云われています。

馬印とは戦場で自分の存在をアピールするもので、ひょうたんの馬印を掲げて数々の武功をあげたことにより、千成瓢箪と云われるようになりました。

藤吉郎の馬柵

天守閣近くには、藤吉郎の馬柵があります。

1566年の墨俣城を築く際に、斉藤勢の騎馬隊を防ぐ為に、お城の周囲に柵を巡らしたとあります。

北から見た天守閣

墨俣城(大垣市墨俣歴史資料館)の内部は、前野家古文書に基づいた墨俣城の築城と、豊臣秀吉に関した資料が展示されています。

天守閣最上階からは、稲葉山城(岐阜城)が建つ金華山を見る事ができます。

御城印も販売されていますので、登城記念にいかがでしょうか。

ひょうたんと天守閣

墨俣城は木下藤吉郎が一夜城を築き、出世するキッカケとなった縁起の良いお城です。

墨俣一夜城の築城や豊臣秀吉の歴史を学ぶ事で、太閤秀吉の出世運にあやかるのも良いかと思います。

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