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【兵庫県・篠山城】藤堂高虎の高石垣と復元された大書院があるお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

兵庫県篠山市の篠山城です。

1609年に徳川家康が豊臣秀頼のいる大坂の備えとして、諸大名を動員した、天下普請で築かれました。

池田輝政が総奉行、藤堂高虎が縄張りを担当しました。

豊臣家を刺激しすぎる事から、天守は築かれませんでした。

現在でも藤堂高虎が築いた高石垣が残り、二の丸には大書院が復元され、当時の築城技術の高さを伺い知る事が出来ます。

篠山城

所在地:兵庫県篠山市北新町2-3

城 主:松平氏、青山氏

日本100名城スタンプ場所:大書院館内

篠山城の北側に三の丸駐車場があります。

有料ですが、350台駐められる大きな駐車場です。

三の丸北西から見る、二の丸の高石垣

駐車場から大書院に向けて歩いて行くと早速、高石垣が見えて来ます。

内堀越しに二の丸北西の高石垣が綺麗に積まれています。

隅部を欠いて(内側に折れている)為、横矢掛かりを出来るように、縄張りが工夫されています。

大書院の屋根が少し見えているのが、ワクワクします。

二の丸北側虎口

二の丸の北側には大手の虎口があります。

土橋を渡った先が二の丸へ入る為の虎口です。

二の丸北側の高石垣

二の丸、本丸は内堀に囲まれ、郭の外周には高石垣が築かれています。

藤堂高虎が築いた高石垣が見事です。

打込接ぎの乱積みで、隅部は反りが少なく、石垣の末端部分には犬走りといわれるスペースがあります。

今治城や津城などにも犬走りがあり、藤堂高虎の特徴的な築城技術です。

二の丸北側の虎口

土橋を渡ると右に折れています。

更に左に折れる為、2度曲がらないと二の丸へは入る事ができません。

当時は中門と鉄門があり、枡形を2重に設けられた縄張りになっていました。

非常に厳重な防備になっています。

鉄門跡

2度曲がった先に鉄門跡があります。

折れを多用した縄張りで側面攻撃である横矢掛かりを多用しています。

奥には大書院が見えますが、敵が辿り着くには非常に厳しそうです。

井戸

大書院の横には井戸があります。

篠山城には本丸と二の丸に3箇所の井戸がありました。

二の丸北にあるこの井戸が最も大きな井戸で、直径2m、深さ22mもあります。

水の確保は城兵の生命線なので重要な事ですね。

大書院

大書院は2000年に復元されました。

大書院の床面積は739平方メートルの大きさを誇り、豪快な入母屋造りの屋根はこけら葺きで、巨大な破風が風格があります。

内部は狩野派の障壁画を転用した、格式高い上段の間が再現され、当時の姿を伺い知る事ができます。

天守台

二の丸の南東に一段高くなった本丸があります。

本丸南東隅には天守台が築かれていますが、豊臣家を刺激し過ぎるということで天守は築かれませんでした。

かなり大きな天守台なので、天守を建てるとしたら5重位の天守になったのでしょうか。

ちなみに天守台の上に登る事ができます。

二の丸埋門

二の丸の南側には埋門跡があります。

石垣の間に門があり、当時門の上には多聞櫓が建てられていました。

三方向に雁木(階段)があり独特な構造になっています。

南馬出

三の丸の南から外堀を越えると、南馬出跡があります。

土塁がコの字型に残っていて、角馬出の形がよく分かります。

当時このような角馬出が、三の丸の入口(北・東・南)全てに設けられていました。

抜かりない鉄壁の縄張りです。

本丸南側の高石垣

本丸南側の高石垣は圧巻です。

塁線が二の丸埋門に攻め寄せた敵に、横矢を掛けるために折れているので、厳重な防備になっています。

敵はこの高さの石垣をとても登ろうという気にもなりませんね。

二の丸唯一の北と南の入口は、鉄壁なので恐ろしいお城です。

天守台

本丸南東隅にある天守台の高石垣は、高さ17mもありあます。

隅部の算木積みの規則正しく積まれた石垣と、乱積みの石垣が見飽きませんね。

天下普請で築かれた為、石垣に刻印が残っているものもあります。

探して見るのも面白いです。

青山歴史村

篠山城の北側には青山歴史村、南側には御徒士武家屋敷があり、当時の建物が残されています。

資料等も展示されているので、時間がある方は見てみてはいかがでしょうか。

大書院

篠山城は天下普請で築かれた壮大な高石垣と、復元された大書院が最大の見所です。

天守こそありませんが、当時最先端の築城技術をじっくりと味わう事ができます。

本丸、二の丸、三の丸まで良好に縄張りが残っているので一日かけて、ゆっくり散策すると良いと思います。

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