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【島根県・月山富田城】尼子氏の本拠城、毛利が苦戦した山城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

島根県安来市の月山富田城です。

飯梨川に面した月山に築いた尼子氏の本拠地の山城です。

1565年に毛利元就に攻められ、落城しました。

その後、毛利氏、堀尾氏が入城して、改修された石垣が現在でも残っています。

月山富田城

所在地:島根県安来市広瀬町富田

城 主:尼子氏、毛利氏、堀尾氏

日本100名城スタンプ場所:安来市立歴史資料館

駐車場は、月山富田城の麓にある安来市立歴史資料館に20台ほど止まられる場所があります。

月山富田城は登り口が3カ所あります。

菅谷口、お子守口、塩谷口です。

資料館からはお子守口が近いのでこちらから登って行きます。

お子守口の登り道

登り道に途中が石畳になっているので雰囲気があります。

もう少し登ると千畳平に出ます。

千畳平

千畳平という広い曲輪です。

眼下には飯梨川と歴史資料館の駐車場が見えます。石垣も使われていますね。

先へ進むと太鼓段、奥書院平になります。

太鼓段は尼子経久時代に太鼓を打ち時刻を知らせたり、士気を高める為に使われていました。

山中鹿之助像

奥書院平には山中鹿之助の像があります。

尼子氏に仕えていた武将で、尼子氏が滅亡した後、尼子勝久を奉じて尼子家再興の為に戦います。

しかし、毛利軍との戦いで捕らえられ備中松山城へ護送中に暗殺されてしまいます。

「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったことが有名です。

苦難を乗り越える事で成長できるので、たくさん試練を与えてという意味ですね。すごい考え方です。

花の壇

先へ進むと花の壇です。

花が植えられていたので花の壇というらしいです。

山頂と山麓の中間にあり連絡が取りやすいことから、上級武士が住んでいました。

ここは建物が復元されています。中には顔はめパネルがあります。是非どうぞ。

山中御殿

先へ進むと山中御殿になります。

月山富田城で一番広い曲輪です。

月山富田城の3つの登り口、菅谷口、お子守口、塩谷口がこの山中御殿に通じます。

軍事、政治上共に非常に重要な曲輪です。

七曲がりという急勾配のつづら折れの坂道を登ると、三ノ丸になります。

七曲がりはかなりしんどく休憩しながら登ります。

三ノ丸の石垣

三ノ丸の段積みになった石垣があります。

山頂にこの大きさの石垣が積んであるのは迫力満点です。

三ノ丸

二ノ丸には鳥居があります。

山の頂上なので風通りが良く、景色が良いです。

奥には二ノ丸があります。

本丸から見た二ノ丸

本丸から見た二ノ丸です。

ここも建物が復元されています。

本丸と二ノ丸の間は人工的に尾根を切削した、堀切があります。

容易に尾根伝いに本丸まで行けないように工夫されています。

本丸

本丸です。

本丸の奥には神社があり独特な雰囲気です。変わった形の石碑もあります。

月山富田城は比高が高く山の地形を生かした堅城です。

毛利元就が攻め落とすまでに1年半の月日が掛かった事が納得です。

尼子氏の本拠城なので、守る方も必死ですしね。

尼子氏の栄枯衰退、近世城郭への移り変わりを伺い知る事ができる良いお城です。

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