弥高寺跡(弥高寺城)の見どころを紹介!

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お城

滋賀県米原市にある弥高寺跡(弥高寺城)。

仁寿年間(851~854年)に泰澄が伊吹山に入山し、三修により整備された山岳寺院です。

伊吹山から南に延びた標高700m程の尾根に位置しており、60を超える御坊跡が扇状に広がっています。

1496年には京極高清が御陣を構えた記録が残されていて、山城としても機能しました。

1570年には織田信長の近江侵攻に備える為、浅井氏と朝倉氏により上平寺城と共に改修されます。

その後、1580年に山の西麓に移されます。

現在は京極氏館跡や上平寺城と共に国の史跡に指定され、扇状に広がる60を超える御坊跡や大門跡、堀切などが残され見どころとなっています。

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弥高寺(城)跡・基本情報、アクセス

所在地:〒521‐0313 滋賀県米原市弥高

城 主:ー(浅井氏)

形 式:山城(山岳寺院)

文化財史跡:国指定史跡

日本100名城スタンプ:該当なし

弥高寺跡・駐車場

京極氏史跡見学者用駐車場

京極氏館跡の南側に「京極氏史跡見学者用駐車場」があります。

15台程停められる広さの無料駐車場です。トイレは無いので注意が必要です。

弥高寺跡・登山道

登山口(京極氏館側)

京極氏館跡にある弥高寺跡(上平寺城)の登山口

弥高寺跡への登山口は大きく2ヵ所あります。

伊吹山南東側の京極氏館、上平寺城から登るルートと伊吹山南西側の平野神社、悉地院側から登るルートがあります。

京極氏館からは弥高寺跡までは80~90分程掛かりますが、上平寺城も合わせて見たい場合はオススメです。

平野神社、悉地院側からのルートは50~60分程で弥高寺まで行くことが出来ます。

登山道

上平寺城奥の弥高寺跡への案内板

京極氏館から登った場合は上平寺城を越えた先に、弥高寺跡への案内板が設置されています。

この場所から弥高寺跡までは30分程掛かります。

弥高寺跡の案内板の方に進みますが、道が分かり辛く迷うかも知れません。

弥高寺跡への案内板の先にある登山道

弥高寺跡の案内板の方向に少し進むと、山の斜面に薄っすらと人が一人通れる道があります。

分かり辛いですが土留めの黒い土嚢とロープが張ってあるのが目印となります。

上平寺城から弥高寺跡へ行くルートはこのようなほぼ斜面のような道となっているので、登山に慣れた方ではないと難しいかも知れません。

小さな沢を越えて斜面に造られた道を進む

斜面のような道を進むと小さな沢があるので、沢を越えた先の斜面に造られた道を進みます。

写真を見ても道があるようには見えませんが、薄っすらと道が続いています。

更に小さな沢を越えて道を進む

もう一つ小さな沢があるので、これも超えて斜面に造られた道を進みます。

このような道を30分程進むと弥高寺跡の東側の宝篋印塔がある場所に辿り着きます。

弥高寺跡・大門跡

大門跡

弥高寺跡の入口にある大門跡

弥高寺跡の南側の入口には大門跡があります。

大門跡は大きく曲がる道の横に空堀と土塁が築かれて、城郭の虎口となっています。

空堀横の土橋の先は土塁より桝形の空間が形成されていて、横矢が掛けられるようになっています。

大門跡は弥高寺が城砦としても利用されていた事が分かる明確な遺構で、見どころです。

空堀

大門跡の空堀と土塁

大門跡の空堀は大きく曲がるように築かれていて、虎口側の土塁と堀底の高低差は4~5m程はあるかと思います。

大門跡は京極氏や浅井により改修されたと考えられています。

石積み跡

桝形内部に残る石積み跡

大門跡の桝形内部には石積みの跡が残されています。

ほとんど崩れてしまっていますが、現在でも石材があり当時は石積みがあった事が分かります。

120m程先の参道にも発掘調査により、石積みが残されている事が確認されています。

弥高寺跡・御坊跡

御坊跡

参道の両側に広がる御坊跡

弥高寺は標高715m程の斜面に築かれていて、中心を真っ直ぐ通る参道の両側に60を超える御坊が造られました。

現在でも御坊跡が残されていて、南側は伊吹山麓に広がる平野や山々を一望する事が出来ます。

僧坊跡

発掘調査により甕や中国の青磁、香炉、古銭などが見つかっている僧坊跡

参道を進んだ先の左手に僧坊跡があります。

この場所では発掘調査により、三間×六間の庫裏と仏堂を兼ね備えた礎石建物跡が確認されています。

庫裏では山岳寺院として初めて囲炉裏跡が発見されています。

本坊跡

本坊跡の入口

参道を登り切った場所に本坊跡があります。

本坊跡の入口は土塁の切れ間となっていて、ここでも城郭のような印象を受けます。

1692年の調書に「往古者七間四面」と記載されている本坊跡

本坊跡は弥高寺で最も広い空間となっています。

発掘調査では直径90㎝程の礎石や、基壇側面の2段の石積みが確認されています。

礎石や石積みは焼けて細かく割れていて、1512年に発生した火災によるものと推定されています。

本堂跡の外周部に残されている土塁

本坊跡の外周部には高さ1~2m程の土塁が残されています。

本坊跡の南側100m、東側100m程の長さの土塁が残されていて、景色と相まって壮観で弥高寺跡の見どころの一つとなっています。

弥高寺跡・本坊背後(北側)

堀切

弥高寺北側に残る堀切

弥高寺跡の奥、北側には堀切が築かれています。

堀切は北側尾根から迫る敵に備えて築かれていて、現在でも深さ1m程の遺構が残されています。

畝状竪堀群

斜面に連続して築かれている竪堀

小さの堀切の先には曲輪跡のような空間があり、東側斜面に竪堀が連続して築かれた場所があります。

竪堀は大きく3条あり、深さ2m程の竪堀が斜面を落ちていく様子を見る事が出来ます。

大堀切

本坊の北側に築かれていて大堀切

畝状竪堀群先の北側尾根に大堀切が築かれています。

大堀切は深さ6m、上辺の幅20m、堀底の幅3m、長さ11mと弥高寺跡で最も大規模です。

弥高寺の背後を守る為の城郭としての遺構で、迫力があり見どころです。

まとめ

上平寺城主郭付近からみた弥高寺跡

【弥高寺跡の見どころ】

弥高寺の入口にある空堀と大きな土塁で桝形虎口が形成されている大門跡

標高715mに築かれている60以上の僧坊跡、本坊の土塁と眼下を見渡せる眺望

弥高寺の北側背後に築かれている、深さ6m、長さ11mの大規模な大堀切

ウェブサイト:弥高寺跡|長浜・米原・奥びわ湖を楽しむ観光情報サイト

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