長野県塩尻市にある北熊井城。
戦国時代に小笠原氏の城であったと云われています。
主郭は戦国時代の早い段階で築城され、次第に曲輪が追加され現在見られる城郭となりました。
1548年に武田晴信が侵攻して小笠原軍と戦った塩尻峠の戦いの前に、武田軍により攻め落とされたと云われています。
現在城跡は主郭、竹の花などの曲輪、空堀、土塁が残され見どころとなっています。
北熊井城・基本情報、アクセス
所在地:〒399‐0711 長野県塩尻市片丘
城 主:小笠原氏
形 式:平山城
文化財史跡:ー
日本100名城スタンプ:該当なし
北熊井城・駐車場

北熊井城の主郭南西側(大手門跡)に専用駐車場があります。
2台程停められる無料駐車場です。トイレは無いので注意が必要です。
北熊井城・縄張り図

北熊井城は塩尻片丘にある台地状に築かれた平山城です。
東西に延びる台地状の中心部に主郭があり、空堀により5~6つ程の曲輪が連なっています。
南側の大手口は三重や二重の空堀が築かれていて、北側は断崖となり敵の侵入を防いでいます。
北熊井城・西曲輪
大手門跡

西一曲輪と主郭の間の南側に大手門跡があります。
当時の様子は分かりませんが、北熊井城は南側に長大な空堀が築かれているので、南方向が大手口であった雰囲気があります。
空堀

西一曲輪の南側に空堀が築かれています。
空堀の深さは南側の低い土塁の方で2~3m程、西一曲輪側だと5~6m程の高さがあり、西三曲輪まで100m程に渡り続いています。
西一曲輪内部

西一曲輪は主郭の西側にあり、二の丸に相当するような大きな曲輪です。
西一曲輪の東側斜面から登る事が出来て、現在はお社が建てられています。
空堀

主郭と西一曲輪の間には大きな空堀があります。
空堀は深さが17m、堀底の幅は5m程あり、上辺だと更に幅は大きくなります。
主郭と西一曲輪の間の空堀は北熊井城最大級で、迫力があり見どころです。
西三曲輪内部

西一曲輪の西側には空堀を隔てて西二曲輪、西三曲輪と曲輪が続きます。
それぞれの曲輪は独立していて、主郭が最初に造られて後々に追加されていったと考えられています。
西三曲輪の入口の標識には馬場とも書かれています。
北熊井城・主郭
空堀

主郭の南側にも空堀が築かれています。
空堀は土塁と合わされて三重に築かれていて、東一曲輪付近まで100m程に渡り続いています。
主郭南側の三重の空堀は、土造りの城郭の魅力が感じられて見どころです。
主郭内部

主郭は北熊井城の中心にあり、南北70m、東西80mの程の広さがあり、城内最大級の曲輪となっています。
主郭に東側には高さ1~2m程の土塁が残されていて、北西隅には烽火台か物見台があったと考えられています。
天空の一本桜

主郭には天空の一本桜と呼ばれる桜があります。
北熊井城には昭和51年に30本の桜が植えられましたが、風雪によりこの一本のみとなりました。
現在でも春には桜が咲き、日本アルプスと合わせて見る事が出来て、地域の景勝地となっています。
空堀と土塁

主郭と東一の曲輪の間には空堀が築かれています。
南側と同じように土塁と合わせて三重に空堀が築かれていて、空堀の間に金池と呼ばれる湧水池があったとされています。
北熊井城・東曲輪
空堀

主郭の東側には東一曲輪、東二曲輪があります。
東曲輪の南側にも空堀が築かれていて、東西に延びている様子が分かります。
東二曲輪内部

東二曲輪の東側には竹の花と呼ばれる曲輪があります。
館(タテ)の鼻先という意味から名付けられているようです。
まとめ

【北熊井城の見どころ】
・主郭南側の大手口を意識して三重に築かれた長大な空堀
・主郭と西一曲輪の間に築かれている深さ17m、幅5mの空堀
ウェブサイト:北熊井城址|塩尻市観光協会

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