京都府京都市にある周山城。
丹波国の攻略を命じられた明智光秀が1579年に築いた山城です。
若狭と京都を結ぶ周山街道に築かれた要衝で、標高480mの山頂に位置しています。
1581年には明智光秀が津田宗久を招き月見をしたことが「津田宗久茶湯日記」に記されています。
1582年に明智光秀が本能寺で織田信長を討ちますが、中国から戻って来た豊臣秀吉に山崎で討たれます。
周山城には加藤光泰が入城し、1584年豊臣秀吉が入城した記録が残されています。
その後の記録がなく、ほどなく廃城となったと考えられています。
現在では主郭の天守台や虎口跡、石垣などが残され見どころとなっています。
周山城・基本情報、アクセス
所在地:〒601‐0251 京都府京都市右京区
城 主:明智光秀
形 式:山城・連郭式
文化財史跡:ー
日本100名城スタンプ:該当なし
周山城・御城印

周山城 御城印 金字版 1枚500円
周山城の御城印が販売されています。
周山城東側の山麓にある慈眼寺(曹洞宗 慧日山)で、通常版が1枚 300円で購入する事が出来ます。
有料ですがくろみつ大雄尊(明智光秀公墨塗りの黒坐像)を拝観する事が出来ます。
【慈眼寺(曹洞宗 慧日山)】
所在地:〒601‐0251 京都府京都市右京区京北周山町上代
営業時間:10:00~16:00
営業日:月、土、日曜日(火、水、木、金曜日は予約対応)
周山城・駐車場

周山城に専用駐車場はありません。
周山城の東側にある「道の駅 ウッディー京北」の駐車場をお借りすると良いでしょう。
25台程停められる広さの駐車場で、トイレは道の駅にあります。
【道の駅 ウッディー京北】
周山城・縄張り図

周山城は若狭と京都を結ぶ中間地点で、標高509mの黒尾山に築かれている山城です。
東西1.3㎞、南北0.7㎞の城域があり、北、西、南、東側それぞれの尾根に曲輪が築かれています。
中心に主郭があり、主郭に接する主要な曲輪は内桝形虎口となっていて、数段の曲輪が尾根上に築かれています。
周山城・登山口
登山口①

道の駅西側の弓削川を渡った先の道を北側に曲がり、200m程進むと周山城址登山口の標識があります。
標識を左に曲がり100m程進むと写真の場所に着きます。
登山口②

青いごみ収集場所の先を進むと、周山城の説明板が設置された場所があります。
この奥の道を進むと登城口③に行くことが出来ます。
登山口③

ここから本格的な登山道となります。
登山口から主郭までは50~60分程掛かり、熊が出没する看板があるので熊避けの鈴や熊撃退スプレーがあると安心です。
登山道

登山道は比較的整備されています。
要所要所に本丸までの距離が書かれた案内板があるので、目安になるし迷う事はないかと思います。
周山城・東側尾根
虎口跡

登山道を登って行くと石垣が見えて来ます。
尾根の横に沿って築かれた道を進み、虎口が右手に築かれていて横矢が掛けられるように縄張りされてます。
虎口の石垣は自然石又は粗く割られた割石を使っていると思われます。
東尾根の虎口跡は大手口から続く重要な登城路で、石垣が良好に残り見どころです。
東側の曲輪(兵糧蔵跡)

東側の尾根には細長い削平地があります。
二の丸から200m程離れた場所にあり、当時は兵糧蔵があったと推定されています。
周山城・二の丸
虎口跡

東側尾根から更に進むと二の丸の虎口跡が見えて来ます。
先ほどの虎口よりも大きな石材を使用して築かれていて、石段も残されています。
転用石のような綺麗な四角い石もあり、周山城の主要部に近づいている事が感じられます。
二の丸の虎口跡は周山城で最も厳重で良好に残されていて、見どころです。

二の丸の虎口の石段を登ると四角く桝形であった形跡が確認出来ます。
虎口前からだと右、左と折れる様になっていて、横矢が意識された厳重な虎口であったと分かります。
当時は城門が建てられていたと思われ、非常に強固な虎口です。
登り石垣

二の丸は主郭の東側にある曲輪で、登り石垣が残されています。
登り石垣は山の斜面に沿うように築かれていて、敵が平行方向に移動する事を防いでいます。
大分散乱してしまっていますが、二の丸の両端にあった事が分かります。
周山城・主郭
主郭内部

主郭は周山城の中心に位置していて、四角い平地が確保されています。
主郭の手前にはうっすらと虎口の跡があり、外周部には土塁が少し残されています。
また、大きな凹みがあり、貯水池であったと考えられています。
天守台跡

主郭には天守台跡があります。
天守台は石垣が崩れてしまっていますが、3ヵ所の空間が形成されていて、地下室から天守に登る出入口であったと推定されています。
明智光秀が築いた山城の山頂に建てられた天守を想像すると、歴史ロマンが感じられます。
石垣

主郭の西側一段下側には石垣が残されています。
石垣は高さ2m程で、長さ80m以上はある長大なものとなっていて壮観です。
築城された時期は石垣を積む技術が発展途上で高く積むことが出来ない為、3段に分けて積む事で7m程の高さを形成しています。
主郭西側の長大な石垣は苔生していて、規模の大きさと長年の歳月が感じられて見どころです。
周山城・南側尾根
鷹屋跡

主郭の南側の尾根にも数段の曲輪があります。
主郭に近い曲輪は鷹屋と名付けられていますが、由来は分かりません。
虎口跡

鷹屋の東側に虎口跡があります。
石が残されていて虎口の形が分かり、内桝形で厳重であった事が想像出来ます。
馬屋跡

鷹屋の先の斜面を降りて行くと馬屋跡があります。
文字通り馬がいたのかも知れませんが、現在は傾斜地となっています。
南側尾根の両側にも登り石垣が築かれていて、敵の侵入を防いでいたと思われます。
周山城・西側尾根
井戸跡

西側尾根、主郭の北西側に井戸跡があります。
井戸は石組で丁寧に造られている印象を受けます。水源は籠城戦の際に生命線になる大事なものとなっていることが分かります。
小姓曲輪

西側尾根には小姓曲輪と呼ばれる曲輪があります。
西側の尾根には大きく3段程の削平地が造られていて、所々に石垣が残されています。
石垣

小姓曲輪の北側の端には石垣が残されています。
石垣は曲輪の三段目は高さが2m程で、荒々しく積まれている印象を受けます。
この石垣が2段目まで続いていて長大な規模となっています。

3段目の曲輪の先へ進むと2段目の曲輪の石垣を見る事が出来ます。
石垣の高さは5m以上はあり、2段目の曲輪北側全てに築かれているように見受けられます。
小姓曲輪の石垣は周山城で最も良好に残されていて、明智光秀が築いた山城を目の当たりにする事が出来て見どころです。
周山城・北側尾根
石垣

北側の尾根にも数段の曲輪が築かれています。
曲輪の端の部分に石垣が一部残されていますが、見学する通路は整備されていないので注意が必要です。
北側の曲輪内部

北側尾根には小さな数段の曲輪の先に大きな曲輪があります。
周山城が東西南北全ての尾根に城域が広がっていて、壮大な山城であることが分かります。
まとめ

【周山城の見どころ】
・小姓曲輪北側の高さ5m、長さ50m以上に渡り築かれている壮大な石垣
・主郭西側の高さ2m、長さ80m以上に渡り数段に築かれている石垣
・二の丸の虎口に築かれている石垣と石段、堅固な内桝形跡
・西側尾根の曲輪に残る虎口跡の石垣

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