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小谷城のアクセスや歴史、本丸の石垣、大堀切などの見どころを紹介!

お城

滋賀県長浜市の小谷城です。

1521~1528年に浅井亮政が標高495mの伊吹山系の小谷山に築城したのが始まりです。

その後、小谷城は浅井久政、長政と3代の本拠城となりました。

1567年、浅井長政の時に織田信長の妹お市の方を正室に迎えます。

しかし、織田信長の朝倉攻めの際に古くからの盟友である朝倉方に味方した為、信長に攻められる事になり、1573年に小谷城は落城し長政は自刃します。

羽柴秀吉に浅井氏の旧領が与えられますが、1575年に長浜城を築き居城とした為、小谷城は廃城となりました。

現在では、日本五大山城のひとつに数えられており建物は一切ないですが、本丸の石垣、大堀切、山王丸の大石垣、黒金門跡などが残され、見どころとなっています。

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小谷城・基本情報、アクセス

所在地:〒529-0313 滋賀県長浜市湖北町伊部

城 主:浅井氏

形 式:山城

文化財史跡:国指定史跡

日本100名城スタンプ場所:小谷城戦国歴史資料館

小谷城・駐車場

小谷城の麓にある小谷城戦国歴史資料館の駐車場を、利用すると良いと思います。

登城する前に資料館で小谷城の歴史を勉強してから登るのが良いです。

【小谷城戦国歴史資料館】

所在地:〒529-0312 滋賀県長浜市小谷郡上町139

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

入館料:高校生以上300円・小中学生150円・幼稚園以下無料

休館日:火曜日(火曜日が祝祭日の場合は翌日)・年末年始(12月28日~1月4日)

ウェブサイト:https://www.eonet.ne.jp/~odanijou-s/index.html

小谷城・金吾丸

金吾丸跡

小谷城戦国歴史資料館から歩いて行くと最初にあるのが金吾丸跡です。

1525年に六角高頼が小谷城を攻めた際に、朝倉金吾教景が布陣した事から、金吾丸と呼ばれています。

比較的広く四段からなる曲輪になっています。

小谷城・番所

番所跡

金吾丸を越えると番所跡があります。

小谷城の主要部への入口にあり、登城する者の検問所として番所がありました。

小谷城・御茶屋

御茶屋跡

番所を越えると、御茶屋跡があります。

小谷城主要部の先端部分にある曲輪です。

小さな御殿があり、その横には庭園があったと云われています。

小谷城・御馬屋

馬洗池

御馬屋・今も水が貯まっている馬洗池

御茶屋跡を越えると、御馬屋跡があります。

比較的広く三方向を土塁で囲まれている曲輪です。

文字通り馬小屋があったとされていますが、定かではありません。

また、馬洗池という池がありますが、水堀としての機能があったようです。

首据石

御馬屋跡の先にある首据石

御馬屋跡の先には首据石なるものがあります。

1533年に浅井亮政が六角氏との戦いの際に、敵に通じた今井秀信を誅殺しこの石の上に置いて晒したと云われています。

こうしたエピソードは、戦国時代の生き残りを懸けた厳しさが伝わって来ます。

小谷城・赤尾屋敷

赤尾屋敷跡

黒金門手前の側道を進むと赤尾屋敷跡があります。

本丸東側下段に位置する曲輪で浅井氏の重臣出会った赤尾氏の屋敷がありました。

1573年に織田信長に城を攻められた際に、城主の浅井長政は黒金門から打って出ますが、織田の兵に押し込まれこの曲輪で自刃しました。

享年29歳です。浅井氏の悲劇を伝える曲輪です。

小谷城・黒金門跡

黒金門跡

首据石の先には黒金門跡があります。

黒金門跡はこの先にある大広間の全面にある門です。

黒金門跡は石段と両脇を石垣で築かれていて、現在でも石が残されています。

門の跡が目で見て分かりますね。

この先は小谷城の中心部なので、石垣を使用して威厳と防御力を高めていますね。

小谷城・大広間

千畳敷とも呼ばれる程の広さを持つ大広間跡

黒金門の先には大広間跡があります。

小谷城最大の曲輪で本丸の下段に位置しています。

別名千畳敷とも呼ばれています。

発掘調査により礎石建物の跡が曲輪の全域で確認されています。

小谷城・本丸

石垣

本丸南側の石垣

大広間の北には本丸の石垣があります。

崩れていますが、石垣の一部が残されていて当時の姿を垣間見る事が出来ます。

大堀切

とてつない大きさで本丸背後を守る大堀切

本丸の北側には大堀切があります。

本丸・大広間を中心としたの曲輪群と、京極丸・中丸等の曲輪群とを分ける為に、尾根筋を掘りで断ち切っています。

大規模な堀切で一見すると自然の地形のように見えてしまいます。

内部

本丸跡

本丸は小さな曲輪です。

はっきりとはしていませんが、天守または櫓のような建物があったとされています。

現在は建物はありません。

小谷城・中丸

中丸跡

大堀切の先には中丸跡があります。

3段の曲輪で仕切られて、上段は京極丸につながっています。

所々に石垣の跡があり、当時は石垣で曲輪が形勢されていたと思われます。

小谷城・京極丸

京極丸

中丸野崎には京極丸があります。

浅井氏が守護である京極氏の為に用意した曲輪です。

4段の曲輪で構成されていて、京極丸の入口には枡形虎口が設置されていました。

また、小谷城攻めの時には織田信長の家臣である羽柴秀吉がこの京極丸を急襲し、小谷城を分断しました。

このことが小谷城の落城につながっています。

小谷城・小丸

小丸跡

京極丸の先には小丸跡があります。

浅井長政の父である久政の隠居所としていた曲輪です。

織田信長の小谷城攻めの時には羽柴秀吉に攻められ、この曲輪で久政は自刃しました。

小谷城・山王丸

大石垣

高さ3m程あり小谷城一番の遺構である大石垣

小丸の先にある山王丸の東側には大石垣があります。

大石垣は小谷城で状態が一番良く残る石垣で、高さが3m程あり迫力があります。

また、石垣の表面が苔生しているので、浅井氏の栄枯衰退を物語っているかのような雰囲気があります。

内部

山王丸跡

小丸の先には山王丸があります。

山王丸は小谷城の詰めの丸と考えられています。

この先にも月所丸、大嶽などの曲輪がありますが、道が険しくなるのでここで引き返します。

まとめ

麓にある兜のモニュメント

小谷城は浅井氏3代の居城になった大規模な山城です。

現在は石垣、曲輪跡、堀跡しか残されていませんが、現地にはイラスト付きの説明板があるので、初心者の方にも分かりやすくて良いと思います。

浅井氏の栄枯衰退を感じ取る事が出来る良いお城です。

小谷城ウェブサイト

 https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/898/

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