大阪府茨木市にある茨木城。
築城については明確に分かってはいませんが、建武年間(1334~1336年)に楠木正成により築城されたと云われています。
室町時代には茨木長隆が茨木城を拠点として摂津東部に勢力を拡大します。
茨木重朝の時に織田信長が摂津へ入国すると臣従し、本領を安著されます。
1571年に茨城重朝は白井河原の戦いで荒木村重、中川清秀に敗れ討ち死にしてしまい、茨木城も荒木軍に落とされてしまいます。
その後、一時荒木村重の息子村次が入城しますが、1577年に中川清秀が茨木城主となります。
1582年の賤ケ岳の戦いにより中川清秀は討ち死にし、茨木は秀吉の直轄領となります。
1601年に片桐且元、貞隆が城主となりますが、大坂の陣の時に豊臣方から徳川方に付き且元は駿府に移ります。
一国一城令により摂津では高槻城のみとなり、廃城となります。
現在城跡には、復元された櫓門や茨木神社に移築された搦め手門が残され見どころとなっています。
茨木城・基本情報、アクセス
所在地:〒567‐0819 大阪府茨木市片桐町8
城 主:茨木氏、中川清秀、片桐且元
形 式:平城
文化財史跡:ー
日本100名城スタンプ:該当なし
茨木城・駐車場

茨木城の専用駐車場はありませんが、茨木城跡から南西へ300m程行った場所に「茨木市 中央公園駐車場」があります。
300台程停められる大きさの有料駐車場です。トイレも駐車場内に完備しています。
【茨木市 中央公園駐車場】
営業時間:6:00~23:00(23:00~6:00までは入出庫不可)
料 金:8:00~20:00 30分毎100円、20:00~8:00 60分毎100円
ウェブサイト:茨木市|ミディ駐車場・駐輪場 総合情報サイト
茨木城・城跡
茨木神社

茨木城本丸跡から南西へ200m程の所に茨木神社があります。
807年に坂上田村麻呂が建立したと伝わっていて、南北朝時代には楠木正成公が砦を築き、戦国時代には神社が現在の地に移されました。
中川清秀公が茨木城主となると狼藉を禁止する高札を掲げ、1580年には神領13万石を寄進しました。
1622年に牛頭天王、春日大神、八幡大神を祀る社殿を築いて本殿としました。
黒井の清水

本殿の北側には黒田の清水があります。
豊臣秀吉公が茶会を開いた際に使用されたと伝わっていて、赤井の清水、青井の清水と共に嶋下郡三名水と云われています。
毎年10月には献茶式、大茶会が行われ多くの人で賑わいます。
搦手門

茨木神社の東側には茨木城の搦手門があります。
1617年が茨木城が廃城された際に搦手門がこの地に移築されたと伝わっていて、1995年の阪神淡路大震災で傾いた為、解体修理が行われています。
周辺には大手門、殿町、本丸などの地名やT字路などがかつての城下町の名残があります。

搦手門は切妻屋根が載っていて、薬医門のようでもあり、高麗門のような形式でもある不思議な形をしています。
茨木神社に移築されている搦手門は茨木城の貴重な城郭建築物で見どころです。
櫓門

城跡にある茨木市立茨木小学校の東側には櫓門が復元されています。
櫓門は大和郡山市の慈光院に移築された櫓門を、原寸大で木造瓦葺で復元されています。
復元ではありますが、当時の茨木城の様子を知ることが出来て見どころです。
茨木城の本丸は小学校の北側にあったとされますが、現在は住宅地などになっていて遺構はありません。
まとめ

【茨木城の見どころ】
・茨木神社に移築された茨木城貴重な城郭建築物である搦手門
・茨木小学校に復元され当時の様子を知ることが出来る櫓門

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