スポンサーリンク

【大阪府・大阪城】豊臣氏・徳川氏が築いた天下の巨城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

大阪府大阪市の大阪城です。

1583年に豊臣秀吉が自らの居城とするべく、築城しました。

1585年には天下人に相応しい、五重八階の黒漆塗りの下見板張りに金箔瓦や金の装飾を施した天守が完成しました。

しかし、豊臣秀吉が没し、関ヶ原の戦いを経て1615年の大坂夏の陣により落城、天守は焼失しました。

徳川氏が大阪城を手中に収めると、豊臣氏の大阪城の上に盛土をして、堀を深く、石垣を高くし、天守を新たに築き、徳川の天下であることを知らしめました。

1626年に完成した徳川氏の天守は、豊臣氏が築いた天守より大きく、白漆喰総塗籠となりました。

しかし、1665年に天守は焼失してしまい、現在の天守閣は1931年に復興したものです。

現在では大阪のシンボルである天守閣を初め、巨大な堀、高石垣、櫓門、千貫櫓などが残され、当時の天下人の財力、技術力を惜しみなく使った巨城を体感することができます。

大阪城

所在地:大阪府大阪市中央区大阪城1-1

城 主:豊臣氏、徳川氏

日本100名城スタンプ場所:大阪城天守閣1階インフォメーション

大阪城の東側に大阪城公園駅前駐車場があります。有料ですが、171台駐められる大きな駐車場です。

少し南には森ノ宮駐車場もあり、こちらも有料ですが100台駐める事ができます。

六番櫓(重要文化財)と南外堀

大阪城の二の丸は外堀に囲まれています。

外堀は堀幅が72m、二の丸の石垣は30mもあり日本最大級の規模です。

二の丸の石垣上には六番櫓が現存していて、折れを多用して横矢が掛かるように縄張りされ、敵を全く寄せ付けない鉄壁の防御となっています。

大手口

大阪城の西には二の丸に通じる、大手口があります。

外堀に土橋が築かれ、枡形虎口に繋がっています。

土橋と枡形門の石垣が打込接ぎの布積みでとても綺麗です。

千貫櫓(重要文化財)大手口多聞櫓・続櫓

大手口の北側からは千貫櫓大手口多聞櫓・続櫓が見えます。

千貫櫓の石垣の隅部は反りがとても綺麗です。

扇の勾配(武者返し)と呼ばれる、上に行けば行くほど反りが急になり、敵がよじ登れない構造になっています。

また、石垣の強度を高める効果もあります。

乾櫓(重要文化財)

西の丸の隅には、乾櫓があります。

現存する二重櫓で、外側からは分かりませんが、建物がL字型になっている珍しい櫓です。

1階中央部に切妻破風付きの石落としが付属していて、防御に抜かりはないです。

大手口

大手口の土橋は道幅がとても大きいです。

真っ直ぐ進むと枡形虎口になります。

千貫櫓(重要文化財)大手口多門櫓・続櫓

大手口に途中から千貫櫓を見てみると、西面は二階部分に千鳥破風、その上には向唐破風になっていることが分かります。

南面は1階部分に切妻破風と石落としが付属されていて、変化に富んでいます。

千貫櫓(重要文化財)

千貫櫓は大手口に攻め寄せて来た敵を攻撃するための櫓で、横矢を掛ける絶好の位置に建てられています。

大手口の先、枡形虎口の前面には大手門が立ちはだかるので、非常に厳重な縄張りになっています。

ここまで綺麗に横矢掛かりが分かるような場所は、なかなか無いですね。

お城好きな人はここが大阪城の一番の見所ではないでしょうか。

大手門(重要文化財)

枡形虎口には大手門があります。

大手門は1628年に徳川氏が建造した、現存する高麗門です。

門の柱部分が鉄板で覆われていて、防御力を高めていて、重厚感があります。

両側の土塀も現存で、狭間が切られていています。

よく見てみると土塀と石垣の境界線に小さな四角い穴(銃眼)が開けられています。

銃眼は文字通り鉄砲で敵を攻撃する為のもので、上の狭間に気をとられていると銃眼から攻撃されてしまいます。

千貫櫓の横矢と云い、大手門、狭間、銃眼と本当に鉄壁です。

雁木と銃眼

枡形虎口内部に入ると銃眼の内側が見えます。

石垣と土塀の一部が削られていることが分かります。

手前部分が雁木と云われる、階段状になっていて守兵が一斉に駆け上る事ができるようになっています。

枡形虎口内の巨石

大手門を通過すると、正面に大きな石が目に入ります。

登城してきた者を威圧する巨石で、瀬戸内海の小豆島から運ばれたものです。

大手口渡櫓(重要文化財)

大手門を通過すると左手に、大手口渡櫓があります。

渡櫓にL字に折れて、続櫓(多門櫓)が繋がっています。

両方とも現存する櫓で、現在残っているのは1848年に建てられたものです。

枡形虎口に入って来た敵を、この櫓から攻撃する事ができます。

大手門を突破した先に更にこのような防御施設があり、厳重過ぎです。

千貫櫓(重要文化財)

渡櫓の門を通過すると、千貫櫓の入口が見えて来ます。

通常は内部公開されていませんが、特別公開される時期があります。

特別公開といっても、比較的長い期間見られるようなので、安心です。

大手口の虎口

千貫櫓内部から見た大手口です。

大手口の土橋上が見渡せ、敵を狙い撃ちにする事ができます。

西の丸から見る、天守閣

西の丸からは天守閣が見えます。

豊臣秀吉の死後、西の丸には秀吉の正妻 北の政所が居住していました。

しかし、北の政所は高台寺に移り、徳川家康が西の丸に居住し政務を執りました。

徳川家康は西の丸に天守を築く計画もあったようで、当時の家康の力の大きさが窺い知れるエピソードです。

乾櫓(重要文化財)

西の丸隅には乾櫓の入口があります。

こちらも通常は非公開ですが、千貫櫓と同じタイミングで特別公開されています。

乾櫓は1620年に建てられた現存の櫓で、西の丸から見ると櫓がL字になっていることが分かり、非常に珍しい櫓です。

焔硝蔵(重要文化財)

西の丸の北には、焔硝蔵があります。

1685年に建てられた現存する焔硝蔵で、鉄砲や大砲の火薬を保管する建物です。

内部の床、天井、壁は花崗岩で造られ、耐火、耐水に配慮されています。

石造りの建物で非常に珍しいです。

本丸南側の空堀

本丸の西・南側には空堀があります。

水堀とはまた違った雰囲気があり、迫力があります。

本丸側の方が一段高くなっていて、横矢が掛かるように塁線に折れを付けています。

六番櫓(重要文化財)

二の丸の南には六番櫓があります。

最初に外堀の外側から見た櫓です。

六番櫓は1628年に建てれた現存の二重櫓です。

当時は二の丸の南側に1番から7番までの櫓が建てられ、厳重な防備になっていました。

お城の櫓は辰巳櫓などの方角、太鼓櫓などの使用目的が名前に使用されますが、1~7まで連番で櫓の名前が付けられているのは驚きです。

大阪城の規模が桁違いなお城という事が、このような所からでも分かります。

本丸枡形虎口に繋がる土橋

二の丸の南中央には本丸へ入る為の枡形虎口、土橋があります。

本丸が1段高い位置にあるため、傾斜が付けられています。

また、中央の桜門の両脇には巨石(龍虎石)が据え置かれ、威厳があります。

桜門(重要文化財)

本丸の正門である枡形虎口には、桜門があります。

当時の桜門は1626年に建てられましたが、明治維新の時に焼失してしまいました。

現在の桜門は1887年に建てられた、高麗門です。

豊臣秀吉時代に二の丸に桜の馬場があり、門の付近に桜並木があったことから、桜門と呼ばれています。

蛸石

桜門を通ると正面に蛸石という巨石が目に入ります。

蛸石は大阪城一の大きさで、表面積は36畳敷、重さは108tもあります。

重機もない時代に良く運んだなと感心してしまいます。

ミライザ大阪城(大阪市立博物館)

本丸内にはミライザ大阪城(元大阪市立博物館)があります。

施設内にはカフェやレストランがあり、休憩するのに最適な場所です。

金蔵(重要文化財)

ミライザ大阪城横には金蔵があります。

金蔵は江戸時代に、金貨や銀貨を保管していた建物です。

貴重品を保管しているので、入口は二重の土戸と鉄格子戸で、厳重な造りになっています。

大阪城天守閣(登録有形文化財)

本丸のやや北に、大阪城天守閣があります。

現在の大阪城天守閣は1931年に大阪市民の寄付によって、豊臣時代の天守を参考に再建されました。

現在の天守閣の建っている場所は、徳川氏が建てた天守台の上に建てられています。

豊臣氏が建てた天守台はやや東になります。

内部は博物館になっていて、大阪城本丸の模型やシアタールーム、ミュージアムショップなどがあり、最上階は展望台になっています。

山里口出枡形

大阪城天守閣の北側には、山里口出枡形があります。

本丸隣接する山里曲輪を繋ぐ枡形で、背後の防御を担っています。

また、山里曲輪には大坂夏の陣で徳川に攻められた豊臣秀頼と淀殿が自刃した場所があります。

大阪城天守閣(登録有形文化財)

再建された大阪城天守閣ですが、やはり立派な天守閣ですね。

五重の望楼型の天守閣で、大きな入母屋破風や最上階の虎など金色の装飾が至る所に施されているんで、見飽きません。

まさに大阪のシンボルとして、親しまれていますね。

極楽橋と大阪城天守閣

山里曲輪と二の丸北側を繋ぐ極楽橋があります。

豊臣時代に建てられた極楽橋は屋根付きの橋で、更に屋根の上には櫓が付属した、大変豪華な橋でした。

その豊臣時代の極楽橋の一部が、滋賀県琵琶湖の竹生島に移築され現存しています。

琵琶湖にある島なのでアクセスが少し難しいですが、機会があれば見てみたいですね。

大阪城天守閣と石垣

二の丸北西から見る、内堀越しの大阪城天守閣と石垣です。

ここから見る大阪城天守閣が個人的には好きです。

広大な水堀、規則正しく積まれた高石垣、豪奢な大阪城天守閣がいっぺんに見れるのでオススメです。

青屋門

二の丸の北には青屋門があります。

当時の青屋門は1620年ごろに建てられましたが、政治維新の大火、昭和時代の空襲により破損しました。

現在の青屋門は廃材を使用して再建された櫓門です。

本丸東側の石垣

本丸の東側の高石垣です。

本丸東側の石垣は高さが32mもあり、日本一の高さを誇っています。(一段での高さ)

打込接ぎの布積みで、隅部が綺麗な算木積みがお手本の様です。

当時は更にこの上に、多門櫓か土塀が建てられていたと思うと驚きです。

西の丸から見る、石垣と大阪城天守閣

大阪城は豪壮な天守閣はもちろん、堀、石垣、櫓、門など全てが規格外の大きさです。

天下を獲った豊臣氏、徳川氏が当時の日本の最高の技術力と膨大な財力を持って築かれた大阪城は、日本一のお城と云っても過言ではありません。

お城好きではなくても、存分に楽しむ事ができる、とても魅力的なお城です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました