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【長篠城】の御城印や駐車場、本丸の空堀、設楽原の馬防柵などの見どころを紹介!

お城

お城の紹介をします。

愛知県新城市の長篠城です。

1508年に菅沼元成が築いた平城です。

その後、菅沼氏は武田氏の配下になりますが、徳川家康が長篠城を攻略し、奥平氏を城主にします。

1575年に奥平貞昌が城主の時に、武田勝頼が侵攻してくると長篠城を包囲しました。

奥平貞昌は長篠城に籠城し、鳥居強右衛門を岡崎の徳川家康の元へ使わせ、援軍を得て落城を免れます。

現在でも寒挟川と宇連川の合流地点に築かれた城跡には、本丸の空堀や土塁が良好に残されています

長篠城址史跡保存館では、長篠合戦図屏風や奥平氏に関する品が展示され、必見です。

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長篠城・基本情報、アクセス

所在地:〒441‐1634 愛知県新城市長篠字市場22‐1

城 主:菅沼氏、奥平氏

形 式:平城、梯郭式

文化財史跡:国指定史跡

日本100名城スタンプ場所:長篠城址史跡保存館窓口

長篠城・駐車場

長篠城址史跡保存館 駐車場

長篠城の北側に、長篠城専用駐車場があります。

比較的大きな無料駐車場で、30台ほど止められます。

長篠城・縄張り

長篠城縄張り(現地案内板より)

長篠城の西側には寒挟川、東側には宇連川が流れ、合流地点の断崖に築かれています。

川を天然の堀として使用した、後ろ堅固な縄張りと云えます。

本丸はやや南側に位置し、北側に二の丸、弾正郭、巴城曲輪、大手曲輪が広がり、堀や土塁にて防備を強化しています。

長篠城・二の丸

二の丸

駐車場の北側に二の丸があります。

現在は家が建てられており、遺構は残っていません。

長篠城址史跡保存館

長篠城址史跡保存館

駐車場の隣には、長篠城址史跡保存館があります。

日本100名城のスタンプの設置場所であり、長篠城の御城印が販売差されています。

 長篠城御城印 1枚300円

長篠城址史跡保存館には、長篠城や長篠の戦いについての資料が多数展示されているので、最初に見学すると良いと思います。

二の丸(帯曲輪)

二の丸帯曲輪

保存館の前には、二の丸帯曲輪が広がっています。

長篠城の案内板が設置されています。

本丸と二の丸間の空堀

内堀

二の丸と本丸の間には、大きな空堀と土塁が築かれています。

深さが5~6m、幅が10mほどはあるかと思います。

巨大な空堀で長篠城一番の見どころとなっています。

空堀と土塁

本丸側には折れのついた土塁が築かれ、二の丸より本丸土塁上の方が数m高くなっているので、固い守りになっています。

このスケールの空堀と土塁はなかなか珍しく、迫力があります。

長篠城・本丸

本丸虎口

本丸虎口

本丸の虎口は両側が堀で狭められています。

当時は門があったと思われますが、平虎口となっております。

本丸内部

本丸

本丸は広大なスペースがあります。

本丸の南側は寒挟川と宇連川の合流地点の断崖となっていて、南側からは敵が近づけないようになっています。

本丸土塁

土塁

本丸側から本丸の土塁上に登ることができます。

本丸土塁から見た空堀

本丸の土塁上から見た空堀です。

駐車場に止まっている車と空堀を比べると、空堀がいかに大きいかが分かります。

武田軍の攻撃に耐えた堅城であることが窺えます。

長篠城・寒挟川と宇連川

南側から見た長篠城・寒挟川と宇連川の合流地点

保存館がある所からいったん出て、長篠城の南側に回り込むと、川に挟まれた立地という事が分かります。

お城をこの場所に築いた理由が一目で分かり、面白いです。

鳥居強右衛門 磔の地

鳥居強右衛門 磔の地

長篠城の川を挟んだ南西部に、鳥居強右衛門が磔された場所があります。

1575年武田勝頼が大軍を率いて侵攻してくると、奥平貞昌は長篠城に籠城し、鳥居強右衛門を岡崎の徳川家康の元へ使わせ援軍を乞いました。

鳥居強右衛門は無事、徳川家康に長篠城の窮状を伝え援軍の約束を取り付けると、長篠城へと戻ります。

しかし、長篠城を包囲する武田軍に捕まってしまい、磔にされ、長篠城に向けて援軍は来ないと言えば命は助けると武田勝頼に言われます。

鳥居強右衛門は長篠城の城兵たちが援軍を来ることを知れば士気が上がり、落城を免れると思い、「援軍はすぐに来る」と大声で叫びました。

これを聞いて怒った武田勝頼は、鳥居強右衛門を殺してしまいます。

鳥居強右衛門の命を賭して行動により、長篠城は落城を免れ、織田、徳川連合軍は長篠の戦いに勝利することができました。

鳥居強右衛門かっこいいです。

長篠設楽原決戦場

入口

長篠城から西へ1.5㎞ほど行った所に、長篠設楽原決戦場があります。

1575年に織田徳川連合軍と武田軍が戦った、有名な長篠の戦いです。

長篠城から救援要請を受けた織田徳川連合軍が駆け付け、設楽原に馬防柵を設営し、火縄銃の三段打ちを行ったとされる、古戦場跡です。

馬防柵

再現された馬防柵

長篠設楽原決戦場には、織田徳川連合軍が設営した馬防柵が再現されています。

一般的には馬防柵で武田軍の騎馬隊を防ぎ、三段に構えた火縄銃にて織田徳川連合軍が勝利したと云われています。

馬防柵の内側

現地を訪れると戦場が意外と狭く、ここであの有名な長篠の戦いが行われたと思うと意外です。

土屋昌次柵にとりつき大音声との案内板があり、武田軍の壮絶な戦いを想像すると、戦国時代の厳しさが伝わってきます。

新城市設楽原歴史資料館

新城市設楽原歴史資料館

長篠設楽原決戦場の近くには、新城市設楽原歴史資料館があります。

ここでは様々な種類の火縄銃が展示されているので必見です。

また、宇利城、野田城、新城城、設楽原の御城印も販売されています。

最後に

連吾川に架かる橋

長篠城は、長篠の戦いのきっかけとなった重要なお城で、本丸の空堀と土塁が良好に残されています

また、鳥居強右衛門や織田信長の柔軟な発想、武田軍の壮絶な戦いとそれそれが必死になって戦ったエピソードが多数残されており、歴史好きにはたまらない場所です。

長篠城と長篠設楽原決戦場は、是非セットで訪れるのがオススメです。

長篠城址史跡保存館ウェブサイト

 https://www.city.shinshiro.lg.jp/mokuteki/shisetu/shiryokan/nagashinojyoshi/yokoso.html

新城市設楽原歴史資料館ウェブサイト

 https://www.city.shinshiro.lg.jp/mokuteki/shisetu/shiryokan/shitaragahara/yokoso.html

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