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【島根県・浜田城】幕末、長州軍の攻撃で落城したお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

島根県浜田市の浜田城です。

1620年に古田重治が石見に築いたお城です。

毛利との領地を接した山陰の要所で、背後を日本海(松原湾)に守られた後ろ堅固なお城です。

元和の一国一城令後に築城された珍しい事例です。

浜田城

所在地:島根県浜田市殿町

城 主:古田氏、松平氏、本多氏

続日本100名城スタンプ場所:浜田護国神社社務所

駐車場は浜田城の南側に浜田護国神社の近くに、数台止められる場所があります。

駐車場から降りて、浜田城に向かうと最初に門が見えてきます。

浜田県庁の門として使用されていた門

浜田県庁の門と使用されていた門です。

元々は津和野城で使われていたものですが、こちらに浜田県庁、浜田城に移築されました。

浜田城内にある唯一の城郭建造物です。

門を抜けた所の石垣

門を抜けると階段が右に折れています。

石垣で虎口が形成されています。

横矢掛けできるようになっていますね。

高石垣

さらに先に進むと高石垣が見えてきます。

浜田城で一番高い石垣で、石垣の積み方が独特ですね。

石垣が苔生していて独特な雰囲気があります。

ここでも横矢が掛かるようになっています。

二ノ門跡

先へ進むと二ノ門跡があります。

石垣で枡形門になっています。石垣城には渡門と塀が巡らされていたようです。

本丸に入る前の唯一の枡形門で重要な門だったことがうかがえます。

本丸一ノ門跡

二ノ門を抜けて、本丸一ノ門を抜けると本丸になります。

本丸一ノ門はシンプルです。

この門の右側には六間長屋という建物があったようです。

本丸

本丸はかなり広いです。

本丸の左奥に天守代わりの三重櫓があったようです。

また、鉄砲の弾丸を保管する玉蔵という建物もあったようです。

この浜田城で幕末の第二次長州戦争で、大村益次郎率いる長州軍と戦いになり、浜田藩自ら城を焼き、退く事になりました。

さすがに大藩である長州軍に攻められては、城を持ち堪えさせるのは難しかったのでしょうね。

本丸から見える日本海

浜田城の背後は日本海があります。

近くの外ノ浦の港あり、海での商業や流通も盛んだったようです。

浜田城内には門以外の建物がありませんが、要所要所にイラスト付きの説明板があるので、イメージがし易いです。

しかも、お城の復元CGの画像もあるので良いです。

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