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【北海道・五稜郭】箱館戦争の激戦の舞台になった西洋式のお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

北海道函館市の五稜郭です。

江戸幕府が外国からの脅威に備える為、函館奉行所に西洋式のお城(土塁)を築城しました。

蘭学者である武田斐三郎が設計したもので、稜堡で星形の縄張りにする事で死角をなくしています。

明治元年に、榎本武揚率いる旧幕府軍と新政府軍との戦いの舞台になりました。

新撰組副長の土方歳三も旧幕府軍として参戦しています。

五稜郭

所在地:北海道函館市五稜郭町・本通1丁目

城 主:函館奉行

日本100名城スタンプ場所:函館奉行所付属「板庫(休憩所)」、

五稜郭タワーチケット売り場

五稜郭の西側に函館市五稜郭観光駐車場があります。

有料ですが90台程駐車出来る大きめの駐車場です。

南側の橋を渡り半月堡内に入ります。

半月堡のハネ出

半月堡は日本のお城の馬出の機能があります。

元々は5箇所に設置される予定でしたが、予算不足の為、南側の1箇所のみに設置されました。

ハネ出しといって、石垣の上部は石がせり出していて、敵が登れないように工夫されています。

表門への橋

半月堡から橋を渡り表門へ入ります。

表門の先には見隠塁という土塁があります。

直進出来ないようにする為と、先が見えないようにする土塁です。

日本のお城の蔀ですね。

函館奉行所

函館奉行所は1864年に建てられました。

江戸幕府の管轄として蝦夷地の行政の中心として機能していました。

明治維新により江戸幕府から明治新政府へ受け渡されましたが、戊申戦争後に榎本武揚によって奪取され、旧幕府軍の拠点となりました。

ちなみに、現在の函館奉行所は2010年に復元されたものになります。

函館奉行所

函館戦争では、榎本武揚や土方歳三が奮戦しますが、落城してしまいます。

函館奉行所の上部に付いている太鼓櫓が目印となり、新政府軍の艦隊の砲撃を受けてしまいます。

また、土方歳三は弁天台場、一本木関門で奮戦しましたが、戦死してしまいます。

近藤勇を初め、新撰組の隊士の思いを背負って、最後の最後まで戦ったのは見事です。

不器用な生き方かもしれませんが、とても情に厚い人だったのかなと思います。

函館奉行所の内部は函館奉行所の歴史や、復元の行程などが紹介されています。

土蔵(兵糧庫)

土蔵は五稜郭の唯一の現存している建物です。貴重な建物ですね。

大正時代には箱館戦争時の資料館となっていたようです。

稜堡へ登る為のスロープ

五稜郭の北側には稜堡上に登る為のスロープがあります。

通常お城で土塁や石垣上に上がる場合は階段が設けられていますが、大砲を上げる為にスロープになっています。

このような遺構から近代に築かれた事が分かりますね。

五稜郭タワーからの景色

五稜郭の南西には五稜郭タワーがあります。

五稜郭タワーの展望台(地上90m)から五稜郭を見下ろすことが出来ます。

五稜郭が星形になっているのが一目瞭然です。

また、五稜郭タワーにはレストランや、カフェがあるので、五稜郭を歩き回って疲れた時の休憩にオススメです。

五稜郭に訪れたらここはマストですね。

土蔵近くに展示されている大砲

五稜郭は幕末に築かれたので、戦国時代のお城とは違った特徴があります。

大砲で戦うことを前提として、稜堡で星形に堀や土塁を築くことで死角をなくすようにしています。

箱館戦争の舞台でもあるので、榎本武揚や土方歳三の歴史ロマンを感じる事が出来る良いお城です。

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