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【北海道・四稜郭】五稜郭を守る為に築かれた、蝶が羽を広げた様な縄張りのお城

お城

お城の紹介をします。

北海道函館市の四稜郭です。

1869年に五稜郭の背後を守る為に、五稜郭から3㎞程北の場所に緩やかな斜面に築かれました。

有名な五稜郭が星形の様な縄張りに対し、四稜郭は蝶が羽を広げた様な縄張りで、周囲を土塁と空堀で囲まれています。

四箇所に砲座を設けましたが、建物は築かれませんでした。

新政府軍に五稜郭と共に四稜郭が攻撃されると、旧幕府軍は敗走しました。

現在では、残されていた土塁と空堀が整備され、当時の縄張りを見ることができます

四稜郭

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基本情報

所在地:北海道函館市陣川町59

城 主:旧幕府軍

日本100名城スタンプ場所:該当無し

四稜郭の東側に無料の駐車場があります。

25台ほど駐められる駐車場です。

虎口

虎口(外側)

四稜郭の入口である虎口は南西に1箇所だけあります。

土塁で虎口がL字に形成され、真っ直ぐ進むことができないように左に折れています。

土塁上の三方向から攻撃できるように、工夫された虎口になっています。

虎口(内側)

虎口を内側から見た写真です。

織豊時代のお城で使用される四角広場がある枡形虎口とは違い、人ひとりが通れる幅しか設けられていません。

土塁

土塁

四稜郭の内部に入ると周囲をカクカクの土塁に囲まれています。

写真で見ると少し分かり辛いえすが、以外と土塁に高さがあります。

当時はもっと高かったかもしれません。

土塁と砲座

四稜郭の四隅には大砲を設置する為の台座が造られています。

砲座には大砲を移動設置できるように、スロープが設けられています。

土塁

四稜郭は内部の広さが、約2300平方メートルあります。

旧幕府軍は士卒200名と住民100名を動員して昼夜を問わず築城する突貫工事だった為、内部には建物が建てられていません。

臨時の稜堡として築城され、実戦を迎える事になったのです。

土塁

1869年5月に新政府軍が箱館総攻撃を開始しました。

旧幕府軍は四稜郭に籠もり奮戦しましたが、長州藩兵が五稜郭と四稜郭の間にある権現台場を占拠した為、退路を断たれることを恐れ五稜郭に敗走しました。

急造で築城されましたが、さすがに新政府軍には勝てませんでした。

しかし、北の果てまで来て最後の最後まで徹底抗戦する旧幕府軍の心意気は凄いです。

空堀

外側から見た空堀と土塁

稜堡の外側に回って見ます。

土塁の前に空堀が設けられているので、土塁の高さが一層高く感じます。

実際に見るとかなりの高さがあり迫力があります。

空堀と土塁

箱館のお城と言えば五稜郭が有名ですが、四稜郭はあまり知られていません。

四稜郭に建物はありませんが、現在では土塁と空堀が整備され当時の様子を見ることができます

五稜郭に訪れた方は、是非この四稜郭にも訪れてみて先人に思いを馳せる事も良いかと思います。

四稜郭ウェブサイト

 https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2018060800018/

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