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【三重県・田丸城】石垣で築かれた曲輪や天守台が残る平山城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

三重県の田丸城です。

南北朝時代に南朝方の北畠親房が築城した事に始まります。

戦国時代には織田信長の次男である織田信雄が城主となり、田丸城を改修しました。

江戸時代には紀伊徳川家の付家老の久野氏が城主となり、幕末まで続きました。

現在では石垣で主要部の曲輪が残されていて、様々な積み方の石垣を見ることができます。

田丸城

所在地:三重県度会郡玉城町田丸

城 主:織田氏、田丸氏、稲葉氏、久野氏

続日本100名城スタンプ場所:玉城町教育委員会窓口(村山龍平記念館内)

田丸城の東側に田丸町役場があるので、こちらの駐車場を利用すると良いでしょう。

無料で役場と兼用ですが、50台ほど駐められる駐車場です。

大手門跡

田丸城の東が大手道で大手門跡があります。

現在でも石垣が一部残されていて、当時は右に折れ曲がっていたようです。

大手門の手前は外堀があり、防御力を高めています。

田丸町役場から見る、田丸城

大手門跡を渡ると田丸町役場があります。

道路を挟んだ反対川には、村山龍平記念館があり、スタンプもあります。

石垣が段々と積まれていて、立派なお城です。

水堀

登城口の二の門跡の手前には、水堀があります。

水堀奥の石垣もしっかりと積まれていて、大手口は厳重な防御施設が施されています。

二の門跡

水堀の横には二の門跡があります。

石垣で虎口が形成されていて、道が左、右へと曲げられています。

側面攻撃が出来るな工夫がされています。

当時は門が設置されていたでしょうから、防御力の高い虎口ですね。

冨士見門(長屋門)町指定有形文化財

二の門を通り少し歩くと、冨士見門があります。

冨士見門は三の丸から二の丸富士見台に行く所にあった門で、明治期に他所へ移築されていました。

昭和59年に町が譲り受け、この場所に移築復元しました。

冨士見門は江戸中期の、田丸城の貴重な現存の建築物です。

本丸北側の石垣

田丸城の北には北の丸があり、堀で本丸と隔てられています。

本丸北側の石垣は2段になって積まれているので、かなりの高さがあり迫力があります。

本丸東側の石垣

北の丸から見た本丸東側の石垣です。

本丸は全て石垣で曲輪が形成されているので、重厚感があります。

本丸東側の石垣

二の門跡から登って来た所から見た、本丸東側の石垣です。

丸亀城のように、段々に石垣が積まれていることが分かります。

また、道が幾度も折れていることで、防御力が高められています。

天守台

本丸は田丸城の中でも、かなり大きな曲輪になっています。

本丸北側に天守台が残されています。

変わった形の天守台で、織田信雄が城主となった時に三層の天守が建てられました。

しかし、火災により焼失してしまい、以後天守は築かれませんでした。

天守台(穴蔵跡)

天守台を見てみると、穴蔵が設けられていた事が分かります。

地階が設けられていて、立派な天守があったでしょう。

見てみたかったですね。

天守台からの景色

天守台は田丸城の一番高所にあるので、景色が良いです。

畑や田んぼが広がっていてのどかです。

田丸城の西側は絶壁になっているので、後ろ堅固なお城です。

そのため、大手である東側の防御が徹底されています。

本丸南側の石垣

本丸の南には二の丸があり、堀で仕切られています。

本丸南側の石垣は堀底から見ると、かなりの高さがあります。

堀底に降りて本丸の西側に回りこむ事ができます。

本丸西側の石垣

本丸西側の石垣は一部が張り出してして、迫力があります。

野面積みですが、角部は反りが無く一直線で積まれていて、とても綺麗に積まれています。

この石垣が田丸城の一番の見所ですね。

田丸城・石碑

田丸城は主要部が石垣造りで形成されているので、縄張り、曲輪が分かりやすいです。

石垣が良好な形で残されているので、散策するのが楽しいお城です。

三重県は松坂城や、伊賀上野城が有名ですが、このようなお城があったとは驚きです。

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