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【群馬県・新田金山城】上杉謙信を退けた、難攻不落の山城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

群馬県太田市の新田金山城です。

新田氏の末裔の岩松氏が標高235mの金山山頂に築城しました。

その後、家臣の由良氏が実験を握り城主になります。

上杉謙信を初め武田氏、北条氏に攻められましたが、いずれも退けます。

現在では、大手の石垣等が復元されています

新田金山城

所在地:群馬県太田市金山町40-98

城 主:岩松氏、由良氏、北条氏

日本100名城スタンプ場所:中島記念公園の休憩施設(史跡金山城跡、南曲輪)

金山の山頂付近に金山城址展望駐車場があります。

無料で30台程駐車出来ます。

また、山の麓には史跡金山城跡ガイダンス施設があるので、先に見学しておくのがオススメです。

駐車場からはほぼ山の頂上なので、山登りのような高低差はさほど無く本丸まで歩いて行けます。

西矢倉台通路

写真のような道を通って行きます。

この先には馬場下通路があります。

馬場下通路 石敷きの土橋

馬場下通路は石敷き通路になっています。

土橋の先には石垣が積んであり、防御と通路の先が見えない為の、目隠しになっています。

一つ一つの石は小さいですが綺麗に積まれています。

石敷き、石垣は復元されています。

土橋の左側は天然の岩盤になっていて、自然の地形を利用しています。

馬場下通路 木橋

土橋を渡りきると次は木橋があります。

木橋の架かるところは竪堀になっていて、竪堀に降りる階段も備わっています。

この馬場下通路の左手には、物見台の曲輪があるので、常に上から敵を攻撃出来るようになっています。恐ろしや・・。

馬場下通路 礎石建物址

馬場下通路には礎石建物址と掘立建物址があります。

比較的狭い通路に2棟の建物がありました。使用用途は不明です。

馬場下通路から物見台の曲輪へ行きます。

物見台

この物見台からは、柱穴が4本、釘や火縄銃の弾丸が発見されています。

また、物見台からは新田金山城の周囲が良く見える為、敵の上杉謙信は死角となる藤阿久に布陣しています。

物見台(展望台)に登る事が出来ます。

物見台(展望台)からの景色

新田金山城の周囲が良く見えます。一息つけますね。

物見台の曲輪から、馬場曲輪へ向かいます。

馬場曲輪

馬場曲輪には建物が3棟建っていました。

そのうちの一つが四阿として復元されています。

四阿は現在、利用出来ません。

また、馬場曲輪には柱穴が240箇所以上確認されていて、列柵があったことが確認されています。

文字通り馬を飼っていたのでしょうか。

大堀切と月ノ池

馬場曲輪の横には大堀切があります。

この大堀切は大手虎口の目前にあり、長さ46m、堀幅15m、深さ15mと大規模なものになります。

また、堀底には石積みで出来た畝状の障害物が発見されています。

敵兵の移動を邪魔するものです。

月ノ池は上下2段の石積みの池になっています。

また、月ノ池からは漆器碗や天目茶碗、箸等が多く発見されています。

大手虎口

月ノ池の近くに大手虎口があります。

新田金山城の一番の見所です。

大手虎口の通路は石敷きで、両側に石垣が積まれた段々の曲輪が連なっています。

通路を突破しようとする敵に両側から攻撃出来るようになっています。

一面石で覆われているので威圧感があり、堂々としています。

通路には石組みの水路があり、城内の排水を行う為に造られています。

大手虎口

大手虎口の通路を中程まで上って振り返った写真です。

段々に連なった曲輪がよく分かります。

通路を通る敵に、集中攻撃出来ますね。

これだけ徹底して造られていると、難攻不落と云うのも頷けますね。

また、幟旗が掲げてあるのが、良い雰囲気です。

この隣の曲輪が南曲輪で、ちょっとした休憩所の建物があり自動販売機、トイレと日本100名城のスタンプが設置されています。

日ノ池

大手虎口の通路を上りきった所に、日ノ池があります。

月ノ池は15m×16.5mの石垣で造られた大きな池です。

城内の生活用水はもちろんですが、戦勝祈願や、雨乞いなどの儀式も行われた象徴的な池だったようです。

日ノ池から少し上った所が天守曲輪(本丸)です。

新田金山城の最高所で、角矢倉形式の大きな建物があったようです。

現在は新田神社があります。神社の神聖な雰囲気がありますね。

石垣土塁横の虎口

新田金山城は、石垣が綺麗に復元されたお城で、戦国時代の雰囲気を堪能する事が出来ます。

門や櫓等の建物はありませんが、各所に設置されたイラスト付きの説明板があるので、当時の姿をイメージし易く良いお城です。

ハイキングにも良いと思います。

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