神奈川県横須賀市にある衣笠城。
前九年の役の功により源頼義から相模国三浦に領地を与えられた、三浦平大夫為通が1062年に衣笠山山麓に館を構えた事に始まります。
康平年間(1058~1064年)に増築改修され、三浦半島の中心地をなりました。
1180年に源頼朝が平家を打倒する為、伊豆で挙兵すると三浦義澄は頼朝に味方します。
源頼朝は石橋山で平家方の大庭景親と戦いますが敗れ、三浦義澄は平家方の畠山重忠軍を衣笠城で戦いますが敗れ、父義明は討ち死に、三浦一族は安房国に逃れます。
鎌倉幕府成立すると衣笠城は三浦氏の本拠となりますが、1247年の宝治合戦により三浦氏が没落すると廃城となります。
現在城跡は市の史跡に指定され、曲輪跡や物見岩が残され見どころとなっています。
衣笠城・基本情報、アクセス
所在地:〒238-0025 神奈川県横須賀市衣笠町29-11
城 主:三浦氏
形 式:山城
文化財史跡:市指定文化財
日本100名城スタンプ:該当なし
衣笠城・御城印

衣笠城 御城印 1枚400円
衣笠城の御城印が販売されています。
横須賀市の中心部にある横須賀中央駅横の「横須賀市観光案内所」で1枚400円で購入する事が出来ます。
御城印だけではなくお土産屋、パンフレットも多数置いてあるので、立ち寄りたい場所です。
【横須賀市観光案内所】
衣笠城・駐車場

衣笠城の専用駐車場はありません。
衣笠城の隣にある「大善寺」の駐車場をお借りすると良いでしょう。
5台程停められる広さの無料駐車場です。トイレは無いので注意が必要です。
この駐車場までの坂道は狭く、急なので車高が低い車は擦ってしまうかも知れません。
衣笠城・城跡
大善寺

衣笠城の麓には大善寺があります。
奈良時代に行基がこの地を訪れ、不動明王を祀った不動堂と蔵王権現を祀ったお社を建てました。
不動堂と蔵王権現社を管理する為に大善寺が創建されました。

平安時代の前九年の役で功を上げた村岡為通は源頼義から相模国三浦に領地を与えられ、この地を本拠地として三浦性を名乗りました。
2代当主の三浦為継は後三年の役で、戦場に大善寺の不動明王が現れて敵の矢から守ったと伝説が残っています。
大善寺には平安時代末期に制作された、木造阿弥陀三尊像や木造伝毘沙門天立像が安置されています。
登城口

大善寺の横に衣笠城跡への登城口があります。
登城口には衣笠城の説明板が設置されていて、衣笠城の石碑がある物見岩までは5分程で行くことが出来ます。
曲輪跡

衣笠城跡に明確な遺構はほとんどありませんが、衣笠城の案内図や三浦義明公の石碑が立てられています。
1180年に源頼朝が伊豆で挙兵すると、三浦一族は頼朝に合流する為に三浦を出ますが、悪天候で合流できず平家方の畠山重忠と由比ヶ浜で戦いになります。
畠山軍を退け衣笠城に入城しますが、追って来た畠山軍と戦いになり、三浦義澄は城から脱出しますが、高齢の三浦義明は城に残り討ち死にします。
源頼朝の挙兵に呼応し、衣笠城で討ち死にした三浦義明は源氏武士の鑑と云われています。
物見岩

坂を登った先に物見岩と衣笠城の石碑が立てられています。
物見岩は全長4~5m、高さ3~4m程の大きな岩で、周囲を見渡せる場所に位置しています。

物見岩の先には堀切のような跡がありますが、近年に整備された散策路かも知れません。
衣笠城は東側に大手口、南西側に搦め手口があり、大善寺の南側には旗立岩があります。
まとめ

【衣笠城の見どころ】
・平安時代末期の歴史ロマンを感じられる城跡や物見岩
・平安時代の木造阿弥陀像や木造伝毘沙門天立像が安置されている大善寺
ウェブサイト:衣笠城址|横須賀市観光情報

コメント