埼玉県所沢市にある滝の城(たきのじょう)。
1180年頃に源頼朝が挙兵した際に土豪が築城したと云われていますが、明確な記録はなく築城時期は不明です。
戦国時代には関東管領の上杉氏の家臣である、武蔵国守護代の大石氏の滝山城の支城とされていました。
大石定久の時に北条氏の配下となり滝の城は北条氏照の城となります。
1564年の北条氏の清戸番衆交代命令状には、清戸下宿の番所を固めたとあり城の防備と密接に関係していました。
1590年の豊臣秀吉の小田原征伐の際に落城し、廃城となりました。
現在でも本丸や二の丸間の空堀、馬出等が残され見どころとなっています。
滝の城・基本情報、アクセス
所在地:〒359‐0013 埼玉県所沢市城23‐1
城 主:大石氏、北条氏照
形 式:平山城
文化財史跡:県指定史跡
日本100名城スタンプ:該当なし
滝の城・駐車場

滝の城の南側に「滝の城址公園 西側駐車場」があります。
30台程停められる無料駐車場です。17:15には閉場するので注意が必要です。
滝の城・縄張り図

滝の城は狭山丘陵の低地に向かって落ちる崖地を利用した平山城です。
本丸は柳瀬川を見下ろす南東部にあり、内堀が取り囲んでいます。本丸西側に二の丸があり、外周部には中堀が築かれ、東側に三の丸があります。
本丸、二の丸、三の丸の間には馬出が設けられ、横矢が掛けられるように縄張りされています。
滝の城・二の丸
二重堀

二の丸の西側に二重堀跡があります。
二重堀は二の丸外側にある中堀と、更に外側にある外堀(血の出る松辺り)と合わせて二重となっているようです。

二の丸を取り囲む内堀は深さ6~7m、幅10m以上はあるかと思われ、良好に残されています。
二重堀の看板が立っている辺りの中堀は折れが伴い、規模の大きく迫力があります。
二の丸外周部の内堀は土の城の魅力が感じられる遺構で見どころです。
二の丸内部

本丸の北西に二の丸があります。
二の丸には高さ1m程の土塁が残されていて、滝の城の縄張り図が掲示されています。
パンフレットも置いてあるようですが、残念ながらこの日は1枚もありませんでした。
滝の城・本丸
城山神社

本丸は城の南東部にあり、南西側は崖、更に先には柳瀬川が流れています。
本丸の櫓台跡に城山神社の社殿が建てられている他、滝の城の石碑、説明板が設置されています。
四脚門跡

本丸の北側に四脚門跡があります。
発掘調査により四脚門跡が確認され、鉄砲玉、飾り金具、角釘等も見つかっている事が説明板に書かれています。
本丸北側の虎口には引橋が架けられていたと推定されています。
内堀

本丸と二の丸の間には内堀が築かれています。
内堀は深さが5~7m、幅が10m程はあるかと思われ、本丸の北、西、東側を囲んでいます。
二の丸側から見ると本丸の土塁頂部との高低差が感じられ迫力があり、見どころです。
滝の城・馬出

本丸の北側、二の丸の東側に馬出があります。
馬出は本丸虎口の前面に築かれて、二の丸側から全体を見渡す事が出来ます。
馬出の周りには内堀と中堀が築かれていて、馬出の形状が良く分かります。

馬出の横の門跡から中堀を見ると堀の深さや幅が体感できて、これだけの遺構が良く残されているなあと感心します。
馬出と馬出を囲んでいる空堀は見ごたえがあります。
滝の城・三の丸
門跡

三の丸と馬出の前に門跡があります。
門跡のある場所は細長い通路(土橋)となっていて、この先に門が建っていたと思われます。
三の丸内部

三の丸は馬出の東側にあります。
三の丸では家臣と共に茶の湯を楽しんだ事から、別名茶呑み郭とも呼ばれています。
三の丸内には大井戸跡があり、馬出と接している場所以外は内堀と中堀に囲まれています。
まとめ

【滝の城の見どころ】
・本丸と二の丸の間に築かれている深さ5~7、幅10m程の内堀
・二の丸西側の中堀と外堀で二重になっている空堀
・内堀と中堀に囲まれていて形状が良く残されている馬出
ウェブサイト:所沢市ホームページ 滝の城跡
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