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【埼玉県・鉢形城】北条氏康の四男、氏邦が荒川のそばに築いた堅城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

埼玉県大里郡の鉢形城です。

山内上杉氏の家臣、長尾氏によって荒川と深沢川の間にある台地に築かれました。

その後、北条氏康の四男である北条氏邦が鉢形城を改修します。

自然地形を巧みに取り入れ、深沢川の外側にも曲輪を築き、堅固な城へと変貌しました。

1590年の豊臣秀吉の小田原攻めの際に、秀吉勢の大軍に城を取り囲まれます。

籠城戦の末、城兵の助命を条件に降伏します。

現在では、復元された四脚門や堀、土塁を見ることが出来ます。

鉢形城

所在地:埼玉県大里郡寄居町鉢形2496-2

城 主:長尾氏、上杉氏、北条氏

日本100名城スタンプ場所:鉢形城歴史館受付

鉢形城歴史館の駐車場を利用するのが良いかと思います。

お城を見て回る前に鉢形城歴史館で予習をするのが良いです。

外曲輪

鉢形城歴史館の近くに外曲輪があります。

曲輪の外側には長い土塁があります。

北条氏邦が新たに築いた曲輪です。

深沢川

本丸に行くためには鉢形城の中央を流れる、深沢川を越えなければいけません。

深沢川は渓谷になっていて天然の堀となっています。

お城を守る側は頼もしい限りですが、攻める側やっかいですね。

秩父曲輪と二の丸の間の空堀

深沢側を越えると二の丸になります。

二の丸と秩父曲輪の間の空堀が復元されています。

綺麗に空堀が造られていて縁には木の柵があるので、お城の雰囲気がして良いです。

当時はもっと深かったのでしょうか。

三の丸

二の丸を西に行くと、三の丸です。

三の丸のさらに西側には馬出が築かれ、防御力を高めています。

馬出と三の丸には虎口があります。

写真中央の両側が土塁で道が狭くなっていて、防御力を高めています。

四脚門

三ノ丸と秩父曲輪の間には四脚門が復元されています。

発掘調査により門の跡があったことから、ここに復元されました。

屋根が板葺きなので、中世戦国時代のお城の雰囲気がして良いです。

横の土塀も板葺きですね。

秩父曲輪・四阿

四脚門を通ると秩父曲輪です。

秩父曲輪には庭園と掘立柱建造物があったことが発掘調査で判明しています。

茶道具やカワラケが発掘されており、饗宴や歌会が行われていたと思われます。

秩父曲輪の外郭には石積土塁が復元されています。

1m程の高さの石積みが4段に積まれています。

当時はまだ、石垣を高く積む技術が無かった為と思われます。

秩父曲輪から見る荒川

秩父曲輪からは荒川が見えます。

鉢形城の断崖になっている北側を流れていて、天然の堀としています。

本丸、二の丸、三ノ丸などの主要な曲輪は荒川と深沢川の間にあり、自然の地形を最大限に利用していて、非常に堅固なお城です。

二の丸の馬出

秩父曲輪から二の丸に入る為には、馬出を通らなければいけない縄張りになっています。

二の丸馬出は空堀で囲まれているので橋を渡ります。

馬出からは細い土橋を通りようやく二の丸に入る事が出来ます。

敵を側面攻撃出来るように、横矢を掛ける事ができ、厳重な造りになっています。

実際に通ってみると、迷路みたいで面白いです。

二の丸と三の丸の空堀・堀底の畝

二の丸と三の丸の間の空堀には、畝が復元されています。

北条氏の造るお城の特徴の一つとして、掘底に畝を設ける事が上げられます。

堀底に畝を造ることで、移動を制限する事が出来ます。

山中城の障子堀が有名ですね。

本丸石垣

二の丸を経て本丸になります。

本丸の直ぐ北側には荒川が流れています。

比較的小さい曲輪ですが、石垣も一部残されています。

本丸の際には笹曲輪があり、東側の防備を固めています。

エドヒガンザクラ(氏邦桜)

鉢形城の曲輪を一つひとつ回ると1時間半掛かり、広大な城域です。

荒川と深沢川を利用し堅固な縄張りをしています。

天守こそ無いですが、北条氏邦が改修した中世の見事なお城です。

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