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日近城(岡崎市)の駐車場や堀切、土塁などの見どころを紹介!

お城

愛知県岡崎市にある日近城(ひぢかじょう)です。

1478年に奥平貞昌が日近に進出し、標高270mの尾根の先端に築いた山城です。

14世紀後半になると作手に本拠地を構え、奥平貞昌は次男である貞直を日近城に配しました。

貞直は当初今川氏についていましたが、1556年に離反し織田氏についた事で日近合戦となります。

今川軍の攻撃から守り抜きましたが、半年後の雨山合戦で本家である作手奥平氏が負けると貞昌は放逐されてしまします。

その後、日近城は本家の支配する所となり、1590年に関東へ移封されると廃城となります。

現在でも本曲輪、二の曲輪、帯曲輪などがあり、本曲輪の土塁や堀切、虎口が良好に残されていて見どころとなっています。

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日近城・基本情報、アクセス

所在地:〒444‐3435 愛知県岡崎市桜形町般興

城 主:奥平氏

形 式:山城

文化財史跡:市指定史跡

日本100名城スタンプ:該当なし

日近城・駐車場

近日の里駐車場

日近城の南側に日近の里駐車場があります。

20台ほど止められる無料駐車場です。少し離れた場所にトイレがあります。

登城道は駐車場から山の側面を直登する道と、比較的緩やかな尾根を登って行く道があります。

どちらも本曲輪までは20分程掛かります。

日近城・二の曲輪

曲輪内部

二の曲輪内部

本曲輪の一段下に二の曲輪があります。

尾根の途中にある曲輪で比較的小さな曲輪となっています。

一段下には同等規模の三の曲輪もあります。

景色

二の曲輪から見える景色

二の曲輪の先端からは木々の隙間から麓を見ることができます。

のどかな山間部の田舎の風景が広がっていて良い景色です。

日近城・本曲輪

虎口跡

本曲輪直前にある虎口跡

本曲輪の直前には虎口跡があります。

虎口は人ひとりが通れるほどの道で、左側には大きな岩が鎮座しています。

虎口の先を真っ直ぐ進むと本曲輪、右へ進むと帯曲輪に行けます。

曲輪内部

説明板や土塁が残る本曲輪

本曲輪は比高70mの山頂に位置していて、日近城で一番広く大きな曲輪となっています。

本曲輪には土塁や説明板、祠があります。

説明板には日近城の歴史や鳥瞰図が載っているので良いです。

土塁

本曲輪に残る土塁

本曲輪の外周部には土塁が残されています。

土塁は高さが1m、長さは10m以上残されていて、本曲輪の背後の防備を強化しています。

日近城に残されている貴重な遺構です。

日近城・帯曲輪

曲輪内部

帯曲輪内部

本曲輪の側面に帯曲輪(馬走り)があります。

本曲輪側には土塁がそそり立っており、更に先には堀切が築かれています。

帯曲輪は本曲輪の側面と背後から迫る敵に備えています。

堀切

本曲輪の背後に築かれている堀切

帯曲輪から本曲輪の背後にある堀切を見ることができます。

堀切は深さが3~4m、幅が5~6m程あり、本曲輪の背後から迫る敵を防いでいます。

日近城で一番良好に残されている遺構なので見どころです。

日近城・おふうの墓

おふうの墓

日近城の麓にはおふうの墓があります。

おふうは日近城2代目城主である奥平貞友の娘で、1570年に武田方の人質となりました。

1573年に奥平氏は武田方に背いたので鳳来寺口で処刑され、さらし首になってしまいます。

乳母と専念寺の僧永順と百姓助左衛門は首を奪ってこの地に埋葬しました。

戦国時代の悲劇と厳しさと伝えるお墓ですね。

まとめ

武家屋敷跡から見える景色

日近城は本曲輪の土塁と堀切が見どころです。

曲輪跡も良好に残されているので、中世の山城を体感できるお城です。

日近城ウェブサイト

 https://www.city.okazaki.lg.jp/1550/1575/1662/p021923.html

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