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【京都府・勝竜寺城】明智光秀が山崎の戦いで本陣にしたお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

京都府長岡京市の勝竜寺城です。

京都盆地の西南部の西国街道と久我畷が交差する、交通の要衝に築かれたお城です。

細川忠興と明智光秀の娘 玉(細川ガラシャ)が結婚式を挙げた場所として有名です。

また、明智光秀が本能寺の変後の、秀吉と山崎の戦いの際には本陣として使用されました。

勝竜寺城

所在地:京都府長岡京市勝竜寺13-1

城 主:細川藤孝、細川忠興 等

続日本100名城スタンプ場所:なし

お城の南西に10台ほど止められる無料の駐車場があります。

駐車場から少し歩くと堀と門が見えてきます。

門と勝竜寺城公園管理棟

堀に木橋が架かっていて、その先には門が復元されています。

明智家の桔梗紋と細川家の九曜紋の旗が、戦国時代を感じさせてくれます。

木橋を渡った先が本丸です。

復元された門

木橋を渡った先は枡形門の形状になっています。

三方向から攻撃出来るようになっています。

史実に基づいているか分かりませんが、復元された門もありお城の雰囲気があります。

門を通ると勝竜寺城公園管理棟があります。

入場料は無料で、二階には勝竜寺城や明智光秀の娘の細川ガラシャの資料が展示されています。

管理等を出て、本丸を進み北門跡へ向かいます。

北門跡

北門も枡形の形になっています。

今現在の石垣は高くはありませんが、当時は2m程の高さがあったようです。

門も2カ所に設置されていたようで、厳重な造りになっています。

山崎の戦いで敗れた際に、明智光秀がこの北門から逃げたとも伝えられています。

隅櫓と土塀

本丸の北東には隅櫓と土塀が復元されています。

堀が手前にあって、その先の石垣の上に建てられて居いるので、なかなか雰囲気があります。

本丸内から隅櫓内部に入れますが、椅子があるぐらいで特別見る物はありません。

隅櫓と連結する形で本丸東側には多門櫓があったようです。現在は土塀があるのみです。

隅櫓と土塀

11月には長岡京ガラシャ祭りが毎年開催されています。

明智光秀の娘 玉が細川忠興に輿入れする行列を再現しています。

勝竜寺城は遺構が少ないですが、明智光秀と細川忠興の結びつきを強めた城でもあり、本能寺の変後に細川家が明智光秀に味方してくれなかった為に、山崎の戦いに敗れてしまうという、何とも因果なお城です。

細川家が明智光秀に味方していたらと思うと歴史ロマンがあります。

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