お城の紹介をします。
山形県山形市の山形城です。
1357年に斯波兼頼が山形盆地の南側、羽州街道と笹谷峠の合流地点に築城しました。
戦国時代には、出羽の国の大名で伊達政宗の伯父としても有名な最上義光が山形城を大改修し、自身の居城とします。
その後は、鳥居氏が城主となってからも改修が行われ、山形城の輪郭式の縄張りが完成しました。
現在では、本丸、二ノ丸の郭が残され、二ノ丸東大手門や本丸一文字門が復元され、近世城郭として整備された山形城を垣間見ることができます。
山形城・基本情報、アクセス
所在地:〒990-0826 山形県山形市霞城町3
城 主:斯波氏、最上氏、鳥居氏、保科氏、松平氏、奥平氏、堀田氏、秋元氏、水野氏
形 式:平城・輪郭式
文化財史跡:国指定史跡
日本100名城スタンプ場所:最上義光歴史館、山形市郷土館受付窓口、二ノ丸東大手門櫓内部
山形城内の北側と東側に霞城公園駐車場があります。
両方とも無料で利用でき、230台停められる大きな駐車場です。
山形城・二ノ丸東大手門
山形城の東側には二ノ丸東大手門があります。
二ノ丸は外周を大きな堀で囲まれていて、二ノ丸へ入るための虎口が二ノ丸東大手門です。
二ノ丸東大手門は、1991年に木造で再建されました。
堀には大手橋が架けられていて、橋を渡った先には高麗門が立ち塞がります。
大規模な堀、打込接ぎの石垣、北櫓、続櫓が建ち並び、山形城の威厳を感じ取る事ができます。
山形城・続門
高麗門を通ると内部は綺麗な四角い空間、枡形になっていて、侵入した敵を三方向から攻撃できるようになっています。
近世城郭の枡形門のお手本のような虎口になっていて、圧巻です。
左手には続門である櫓門があります。
続門は続櫓とL字の形になっていて、大阪城の大手口、多門櫓に似ています。
続門を通り抜けると、続門と続櫓がL字に繋がっている事が分かります。
続門、続櫓の内部を見学する事ができます。
内部には山形城の関連資料や日本100名城のスタンプが設置されているので、必見です。
山形城・最上義光騎馬像
続門の先には最上義光騎馬像があります。
最上義光は山形城を拠点として上杉氏や伊達氏と戦い、1600年の関ヶ原の戦いの際には東軍 徳川家康方に味方し、直江兼続率いる上杉軍を長谷堂城の戦いで撃退しました。
この功により、出羽57万石 初代山形藩主となり、山形県の礎を築いた戦国武将です。
山形城の二ノ丸東大手門から150mほどの所には「最上義光歴史館」があり、戦国時代を駆け抜けた最上義光の生き様を学べるので、山形城に訪れたら必見です。
最上義光歴史館ウェブサイト
山形城・本丸一文字門
二ノ丸には本丸一文字門があります。
本丸一文字門は長年の歳月を掛け、2014年に復元されました。
本丸への入口は北と南の二ヵ所あり、本丸一文字門は南側にある枡形虎口で、大手口にあたります。
本丸の堀には大手橋が架けられ、高麗門や土塀で綺麗な外枡形が形成されています。
当時は右側の石垣には櫓が建てられていたと思われ、大手橋に迫る敵に側面攻撃(横矢掛かり)できる縄張りになっています。
また、大手橋は木造なので敵が来た時には焼き落とす事も可能で、非常に厳重な防御施設になっています。
本丸内は現在建築物はありませんが、当時は本丸御殿が建ち並んでいました。
ちなみに、山形城には天守は建てられていません。
山形城は最上義光が築いた出羽57万石にふさわしく、三ノ丸までの敷地面積は全国で五番目の広さを誇っていました。
現在でも、二ノ丸東大手門や本丸一文字門が復元され当時の威容を伺い知ることができます。
山形城ウェブサイト
https://www.city.yamagata-yamagata.lg.jp/shisetsu/sub2/shisetsu_kankobunka/ecb45kajou.html
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