静岡県浜松市の鳥羽山城です。
1572年~1575年に武田氏と徳川氏が二俣城の争奪戦となり、徳川方が二俣城を攻略する為に鳥羽山城に本陣を敷きました。
1590年に徳川家康が関東に移封されると、堀尾吉晴が二俣城と鳥羽山城を領有すると、主要部に石垣が築かれました。
1600年に堀尾氏が転封となると、二俣城、鳥羽山城共に廃城となりました。
鳥羽山城は、天竜川に北、西、南を囲まれる標高108mの丘陵に築かれていて、現在では本丸大手門の石垣や、枯山水庭園跡など当時の遺構を見ることができます。
鳥羽山城・基本情報、アクセス
所在地:静岡県浜松市天竜区二俣町二俣
城 主:徳川氏、堀尾氏
形 式:山城
文化財史跡:国指定史跡
日本100名城スタンプ場所:該当無し
鳥羽山城の南側に鳥羽山公園駐車場があります。
10台ほど駐められる無料の駐車場です。
鳥羽山城・大手道
鳥羽山城の南東に大手道があります。
当時の大手道は道幅が6mもあり、お城の威厳を保っていました。
現在では、石が敷かれ緩やかな道になっていて、風情があります。
鳥羽山城・大手門、石垣
大手道を登り本丸の南側に行くと、大手門があります。
大手門は外枡形虎口となっていて、周囲には石垣が積まれています。
門跡には礎石が発見されていますが、瓦が出土していないので、門は瓦葺きではなかったようです。
石垣が築かれた大手門は、本丸への正門だけあって堂々としていて鳥羽山城の見所です。
本丸は南北50m、東西30m程の大きさの曲輪です。
本丸の南側には展望台があり、天竜川と対岸の町並みが広がっていることがわかります。
鳥羽山城、二俣城からずっと南には浜松城があり、信州から遠州への入り口にあたるため、戦国時代に武田氏と徳川氏が争う場所となりました。
鳥羽山城・枯山水庭園
本丸の西側には枯山水庭園跡があります。
枯山水庭園は滝や池を水を使わずに、石などで表した庭園になります。
庭園の背後には小さな石を使用した石垣があり、大手門の石垣とは趣が違います。
本丸にこのような庭園があることは珍しく、二俣城を攻める為だけのお城としてでは無く、迎賓館的な使われ方をした可能性があります。
鳥羽山城・搦手門
本丸の北側には搦手門があります。
大手門のような石垣はありませんが、土塁の間に開かれた門跡があります。
鳥羽山城・笹曲輪
搦手門の先には笹曲輪があります。
笹曲輪は本丸の北東にある曲輪で、搦手から迫る敵を迎撃する曲輪です。
笹曲輪には展望台があります。
展望台からは天竜川が良く見えます。鳥羽山城は北、西、南側を天竜川に囲まれていて、天然の堀として機能しています。
鳥羽山城・東門
本丸の東には東門があります。
東門は野面積みの石垣が積まれていますが、後世の手が加えられているようです。
門跡の近くには排水の為の暗渠が確認されています。
鳥羽山城は二俣城を攻略する為に築かれたお城で、その後入城した堀尾氏によって築かれた石垣が要所要所に残り、当時の姿を垣間見る事ができます。
北に500m程の所には二俣城があるので、是非セットで見る事をオススメします。
ウェブサイト:二俣城跡及び鳥羽山城跡/浜松市
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