スポンサーリンク

【長野県・松代城】川中島の戦いの舞台にもなった、真田氏のお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

長野県長野市の松代城です。

1560年に武田信玄が築城したことに始まります。

築城当初は海津城と呼ばれ、第4次川中島の戦ではこの海津城から川中島へと打って出ました。

1622年には、徳川に味方した真田信之が城主となり、真田家の居城となりました。

3代真田幸道のときに松代と改名されました。

現在では、太鼓門や北不明門などが復元されています。

松代城

所在地:長野県長野市松代町松代44

城 主:武田氏、織田氏、上杉氏、田丸氏、森氏、松平氏、酒井氏、真田氏

日本100名城スタンプ場所:松代城管理等

松代城の南側に殿町無料観光駐車場があります。

60台程駐車する事が出来て、お城は目の前です。

二の丸南門跡

駐車場から直ぐの所に、二の丸南門跡があります。

二の丸南門の手前には、三日月堀で囲まれた馬出がありました。

近くにある説明板の縄張り図を見ると、南側はかなり厳重な造りになっています。

南側からは突破出来そうにはありません。

二の丸南門跡の先には太鼓門が見えています。

復元された太鼓門前橋橋詰門太鼓門

本丸南側には太鼓門前橋橋詰門太鼓門が復元されています。

手前の橋詰門(高麗門)と奥側の太鼓門(櫓門)で枡形になっています。

本丸の南側を守る厳重な虎口です。

石垣、塀、水堀もあり綺麗に復元されているのが良いです。

西側から見る太鼓門前橋橋詰門太鼓門

少し西側から見ると格好いいです。

復元された太鼓門等の建物の奥に山が見えて、風情があります。

信濃のお城という感じがして好きです。

ここは松代城一番の写真スポットです。

復元された太鼓門

枡形内から見る太鼓門です。

太鼓門は当時の礎石を利用し、板葺きの切妻造りの屋根の櫓門を忠実に復元しています。

櫓門内に太鼓を設置して時を告げていました。

華美な装飾がなく、スッキリとしていて好印象です。

北西櫓台

太鼓門を通ると本丸です。

本丸には本丸御殿がありました。

政治を執り行う政庁や藩主の居住する場所として使用されていました。

残念ながら、1717年に火災で焼失してしまいます。

また、本丸の北西には櫓台があります。

一見すると天守台と思っていたのですが、櫓台だそうです。

天守台は本丸南東にあります。

東不明門跡

本丸の東には東不明門跡があります。

現在門はありませんが、木橋が復元されています。

本丸と二の丸に架けられている橋です。

北不明門

本丸北には北不明門が復元されています。

大手口の太鼓門に対して、北不明門は搦手口です。

太鼓門と同様に礎石をそのまま利用し、忠実に復元されています。

門の櫓部分が石垣上に載らずに独立していて、左右は塀で石垣に接続しています。

北不明門と表門

搦手口は北不明門と表門で、枡形が形成されています。

搦手口ですが、厳重な防備になっています。

塀も復元され、枡形の空間が分かりやすくて良いです。

当時の雰囲気を味わう事が出来ます。

北西櫓台

本丸北西櫓台を外側から見てみます。

やはりこの大きさだと天守台のように見えます。

自然の石を加工せず積み上げた野面積みの石垣が荒々しく迫力があります。

また、城内側から櫓台の上に登る事が出来ます。

埋門

二の丸北西には埋門が復元されています。

埋門が復元されているのは珍しいですね。通る事も出来ます。

新御殿真田邸

松代城の南には、新御殿真田邸)があります。

1864年に9代藩主の真田幸教の時代に建てられました。

明治時代には、真田氏の私邸になり、真田邸と呼ばれました。

主屋、居間、湯殿や真田氏ゆかりの品々がある、土蔵などがあります。

御殿が現存しているのは数少なく、全国的にも貴重な建造物です。

太鼓門遠景

松代城は主要部の門が復元されて当時の雰囲気を感じ取る事が出来ます。

また、新御殿真田邸)のほかにも、城下町には真田宝物館や、松代藩文武学校など真田の歴史を存分に知る事が出来る、良いお城です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました