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清洲城のアクセスや見どころ(天守閣、復元された石垣など)を紹介!

お城

愛知県の清須市の清洲城です。

清洲城は1405年に斯波義重が、京鎌倉往還と伊勢街道が交わる、尾張の中心に築いた事に始まります。

織田信秀が清州奉行として在城し古渡城に移ると、織田信長が那古屋城から移って大改修をして、本居城しました。

1560年に今川義元との決戦である桶狭間の戦いは、この清州城から出陣しました。

1562年には三河の徳川家康との同盟も清州城で結ばれました。

1582年の本能寺の変後に起きた織田家の後継者を決める、清洲会議が行われた場所でもあります。

1610年に清州から名古屋へ町が移される清州越しが行われ、1613年に廃城となりました。

現在では模擬天守閣が建てられ、清洲や織田信長の歴史を学ぶことができます。

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清州城・基本情報、アクセス

所在地:〒452‐0932 愛知県清須市朝日城屋敷1-1

城 主:斯波氏、織田氏、福島氏

形 式:平城

文化財史跡:なし

日本100名城スタンプ場所:対象外

清州城・駐車場

清洲城の西に清洲公園駐車場があります。

100台ほど駐められる、無料駐車場です。

清州公園エリア

濃姫と織田信長の像

清州公園にある濃姫と織田信長の像

清洲公園には濃姫と織田信長の像があります。

織田信長が桶狭間の戦いへと出陣する場面を、イメージして造られています。

まさにここから織田信長の天下取りが始まる、そんな場面で格好いいです。

復元された石垣

清州古城公園に復元された石垣

清州古城公園には1610年の清洲の町を名古屋へ移転する、清洲越しの頃の本丸南側の石垣が復元されています。

1996年に行われた河川事業の発掘に伴って発見された石垣を再現しています。

石を加工しない野面積みでしょうか。一つひとつの石が大きくて重厚感があります。

清州城・天守閣エリア

天守閣遠景

五条川越しに見る清洲城

清洲公園から五条川越しに、清洲城の天守閣が見えます。

五条川に架かる橋が赤く、街灯が提灯の形になっていて、天守閣とマッチしています。

ここが、清洲城のビュースポットですね。

大手門と油塀

大手門と油塀と天守閣

橋を渡ると、大手門と油塀があります。

両方とも再建されたものですが、門に掛けられた織田家の木瓜紋が格好いいです。

紋の両脇にある、油塀は1560年の桶狭間への途中で熱田神宮で戦勝祈願し、今川家に勝つことができたので、その折れに奉納された油塀を再現しています。

実際に熱田神宮には、信長塀と云われる油塀が残されています

石庭と天守閣

石庭と清洲城天守閣

大手門を通ると、石庭があります。

石庭には岐阜御岳石の大きな石が配置され、三重県の菰野砂利が敷き詰められています。

石庭越しに見る天守閣が良いですね。岸和田城と似ています。

天守閣

清洲城天守閣

清洲城天守閣は、鉄筋コンクリートで再建された模擬天守閣です。

内部は資料館になっていて、甲冑や模型が展示され清洲城と城下町、織田信長の歴史、清洲会議などを知る事ができます。

【清州城天主閣】

所在地:〒452‐0932 愛知県清州市朝日城屋敷1-1

開館時間:9:00~16:30

入館料:大人300円・小人150円

休館日:月曜日(休日の場合は翌日)・12月29日~31日

清州城ウェブサイト

景色

清洲天守閣からの景色

清洲城天守閣の最上階からは、清洲の町を一望する事ができます。

現在の清洲城天守閣のある場所は、東海道新幹線が通った為、当時の清洲城のあった場所から離れた位置にあります。

展望台からその様子が分かります。

まとめ

清洲城天守閣

清洲城は現在お城の遺構はありませんが、天守閣を中心に大手門や油塀、石垣等がきれいに再建されたお城です。

この清洲の地から織田信長が天下へ名乗りを上げ、日本を席巻すると思うと、感慨深いものがあります。

清州城ウェブサイト

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