お城の紹介をします。
静岡県周智郡森町の真田城です。
真田城は武藤氏定が築城した山城です。
1336年には九州太宰府の少弐資経や少弐満定に、真田城の周辺の一宮荘を領有したと云われています。
1432年には武藤用定が幕府の裁定により、再び武藤氏の支配する所となりました。
1568年に今川氏衰退後の遠州には徳川氏と武田氏が侵攻して来た為、武藤氏定は武田氏に従い真田城を築城しました。
武田氏と徳川氏の三方原の戦いの前には、真田城は重要な城とされ、武田氏の重臣が入城したとも推定されています。
その後、武田信玄が病死した後の、1581年の高天神城の戦いにより、武藤氏定は戦死しました。
現在では、山頂の主曲輪を中心とした城址には、横堀や堀切が良好に残されています。
真田城・基本情報、アクセス
所在地:〒437-0226 静岡県周智郡森町一宮3801
城 主:武藤氏
形 式:山城
文化財史跡:なし
日本100名城スタンプ場所:該当無し
真田城・駐車場
真田城の専用駐車場はありません。
登城口の手前に車1台ほど駐められるスペースはあります。
近くにある太田茶店の駐車場を借りても良いかと思います。
真田城・縄張り
真田城は標高116mの山頂に築かれた山城です。
主曲輪を中心に、東側に腰曲輪、南西に南曲輪がありますが、主曲輪が一番メインであり、他の曲輪は主曲輪を補完する為の曲輪と思われます。
主曲輪の外周には、土塁と横堀が築かれており、大手は左に折れる枡形虎口として防備を強めています。
真田城・登城口
小さな橋を渡って直ぐに右に行くと、真田城へと行くことができます。
そのまま真っ直ぐ行ってしまいそうになるので、注意です。
橋を渡って右に進んで行くと山道になります。
両側が崖になっているので、細い山道が主曲輪の麓まで続きます。
山道右側の崖です。
元々の自然地形の崖と思われます。深さは10m以上は余裕であります。
自然の地形を生かしたお城造りがされています。
山道の左側には竪堀のような遺構があります。
自然地形のようにも、人工的な竪堀のようにも見えます。
小規模な山城なので、人工的な竪堀ではないとは思われますが、かなり大きな堀として利用することができます。
真田城・井戸跡
主曲輪の西側の麓には井戸跡があります。
現在でも水がたまっていますので、真田城の重要な水源ですね。
真田城・主曲輪の横堀
主曲輪の南側には横堀が築かれています。
横堀の深さは1m弱位ですが、長さが30m程にも及び真田城の一番の見どころです。
主曲輪に迫る敵を寄せ付けないようにする為の、重要な防御機構です。
真田城・主曲輪の枡形虎口
横堀の先へ進んで行くと、主曲輪の枡形虎口があります。
虎口の最初は真っ直ぐな道になっていますが、突き当たりまで行くと左に折れます。
突き当たりまで行き、左に向いた写真です。
枡形虎口とは少し言い過ぎかも知れませんが、ほぼ直角に折れているので、横矢が掛けられる縄張りになっています。
主曲輪への最終防衛地点なので、工夫がされていますね。
真田城・主曲輪
枡形虎口の先が主曲輪です。
山頂に平らに掘削された曲輪が広がっており、真田城の唯一の主要な曲輪です。
お地蔵さんが並べられているので、少し不気味です。
主曲輪 土塁
主曲輪の東側には土塁が残されています。
土塁の高さは2m程はあり、良好に残されています。
現在はこの一部しか残されていませんが、当時は主曲輪の外周全てに土塁が築かれていたのかも知れません。
真田城・主曲輪東側の堀切
主曲輪の東側には堀切が築かれています。
堀切は深さが3~4mほどはあり、かなり大規模で迫力があります。
主曲輪の東側に枡形虎口や土塁、堀切などが集中して築かれているので、東側に力を入れて築城されているような印象を受けます。
最後に
真田城は比較的小さな山城ですが、主曲輪の周辺には横堀や土塁、堀切などの遺構が残されているので、見どころがあります。
小国神社の直ぐ近くにある城址なので、参拝ついでに立ち寄って見るのも良いかと思います。
森町城郭ウェブサイト
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