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【静岡県・掛川城】現存する二の丸御殿と木造再建された天守のあるお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

静岡県掛川市の掛川城です。

1512年頃に今川氏が現在の掛川城の北東の丘に築城した事に始まります。

徳川氏が支配した後、1590年に山内一豊が城主となると、大改修を行います。

この頃に三重の天守が建てられ、城下町も整備されました。

1854年に地震により天守は倒壊してしまいますが、1994年に高知城天守を参考にして、木造にて再建されました。

また幕末に建てられた二の丸御殿が現存しており、見学する事が出来ます。

掛川城

所在地:静岡県掛川市掛川1131-24

城 主:朝比奈氏、山内氏、松平氏、青山氏、本多氏など

日本100名城スタンプ場所:掛川城二の丸御殿

掛川城の南東に大手門駐車場があります。

有料ですが、200台駐められる大きな駐車場です。

大手門

駐車場の近くには大手門があります。

1995年に復元された櫓門です。

大手門に相応しい堂々としていて、門上部の庇が板葺きなのが特徴的です。

当時はこの場所では無く、南に50m程行った所にあったようです。

大手門は意外と見落としがちなので、是非見ていきましょう。

大手門と番所(市指定文化財)

大手門を通った先には番所があります。

1859年に建てられたもので、全国的にも珍しい現存する番所です。

掛川宿と掛川城を連絡するこの番所に役人が詰めていて、城内を出入りする人を監視し、調べていました。

四脚門と天守閣

逆川に架かる橋を越えると、四脚門と天守閣が見えて来ます。

四脚門は正保城絵図を元に復元された薬医門です。

薬医門の奥にも番所があり、入城する人を監視いていたようです。

ここから見る四脚門と天守が絵になります。写真スポットですね。

本丸から見る天守閣

四脚門を通った先が本丸です。

本丸に天守閣はなく、1段上の天守曲輪に建てられています。

階段を登って天守曲輪へ向かいます。

太鼓櫓

階段の途中に振り返ると、太鼓櫓が見えます。

城下に時刻を知らせる為の太鼓が収蔵されていた櫓です。

当時使用さえていた太鼓は二の丸御殿に設置されていて、市指定文化財になっています。

太鼓櫓の内部に入る事が出来ないのが残念です。

霧吹井戸

天守曲輪には霧吹井戸があります。

今川氏の重臣朝比奈泰朝が城主だった時に、徳川家康が攻撃しよとうとすると、

井戸から霧が立ちこめ掛川城を覆いました。

このことにより掛川城は落城を免れたという伝説があります。岩村城にも同じような伝説がありますね。

天守閣

天守閣は1994年に、山内一豊が城主である高知城を参考に、木造再建されました。

三重四階の望楼型天守閣です。

当時の掛川城天守を忠実に復元している訳では無いですが、木造で再建されているのは好印象です。

天守閣には高知城にもある、忍び返しが付けられているのが特徴的です。

二の丸御殿(重要文化財)

二の丸御殿は1861年に建てられた現存する御殿です。

現存する御殿は日本でも4例しかない貴重な建築物です。

(他には、川越城・本丸御殿 二条城・二の丸御殿 高知城・本丸御殿)

掛川藩主の居館と政庁の機能を持っています。

二の丸御殿(重要文化財)

二の丸御殿の内部を見学する事が出来ます。

玄関、御書院、小書院と連なっています。

内部を歩いていると江戸時代の雰囲気を味わう事が出来ます。時代劇の撮影にも使用されているようです。

天守閣と太鼓櫓

掛川城は大きな堀や石垣はあまりないですが、現存する二の丸御殿、木造再建された天守閣、大手門など見応えのある城郭建築物が多数あります。

関ヶ原の戦い前の、小山評定の時に山内一豊が掛川城を徳川家康に提供した事により、後に土佐(高知)を拝領し土佐藩の藩祖となります。

歴史的に重要なターニングポイントにもなった掛川城は非常に魅力的です。

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