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【静岡県・長浜城】北条氏と武田氏による駿河湾海戦が行われた、内浦湾に築かれた海城

お城

お城の紹介をします。

静岡県沼津市の長浜城です。

長浜城は戦国時代に関東を支配していた北条氏によって、伊豆半島の西岸にある重須湊を守る為に築かれました。

1579年に駿河に侵攻してきた武田氏に対して伊豆の水軍を編成し、北条氏の家臣梶原景宗が在城しました。

1580年には北条氏と武田氏の水軍での駿河湾海戦が行われました。

その後、1590年の豊臣秀吉の小田原攻めの際に、長浜城に居た水軍は北条氏の本拠地である小田原に集結する事になった為、長浜城は廃城となりました。

現在でも海を目前にする城山には曲輪や、堀、土塁跡が残されており、案内板による資料の展示が多数されていて、海城の特徴を感じ取る事ができます。

長浜城

所在地:静岡県沼津市内浦重須

城 主:大川氏

日本100名城スタンプ場所:該当無し

長浜城の東に長浜城見学者駐車場があります。

5台ほど駐められる無料の駐車場です。

第四曲輪

駐車場から道を上って行くと、第四曲輪が見えて来ます。

第四曲輪は長浜城の東端に位置し、陸側から尾根伝いに侵入してくる敵を迎撃する為の小さな曲輪です。

岩盤を削り残すことで土塁を築いているのが特徴的で、第三曲輪との間には堀切で仕切られ、防御力を高めています。

第三曲輪横の虎口

第四曲輪から先へ進むと第三曲輪横の虎口跡があります。

第三曲輪横の道は狭くなっていて頭上から攻撃する事ができて、道が折れている所に門があったので、ここでも側面攻撃である横矢を掛けることができるようになっています。

第二曲輪

第三曲輪の先には第二曲輪があります。

第二曲輪は長浜城で最も広い曲輪で、発掘調査により掘立柱の穴が180箇所も確認されています。

掘立柱の建物が建てられていたと考えられ、兵舎や兵糧庫として使われていたと思われます。

地面には掘立柱と建物の大きさが分かる展示がされています。

第二曲輪からの景色

第二曲輪は眺望が良く、晴れていれば内浦湾や富士山を見ることができます。

あわしまマリンパークがある淡島が丸くて面白いです。

堀跡

第二曲輪の北西には堀があります。

第二曲輪と第一曲輪の間にあり、安山岩を削って造られていて、長さ8m、幅3m、深さ1.6mあります。

第一曲輪を守る為の防御機構になっています。

第一曲輪

第一曲輪は第二曲輪より一段高い場所にあります。

当時は第一曲輪に登る為の櫓が築かれていたことが、発掘調査で掘立柱跡があった為判明しています。

第一曲輪に登る為だけでは無く、物見の役割も果たしていたと考えられています。

現在では、第一曲輪に登る為の櫓風の建物が建てられていて、第一曲輪に行くことができます。

第一曲輪

第一曲輪は、長浜城で最も高い場所にある曲輪です。

北条氏の敵の城である三枚橋城を見ることができ、監視していたと思われます。

また、陸側の西、北側に掛けてL字に土塁が築かれていて、敵は陸伝いに来ることが想定されています。

第一曲輪だけでは無く、他の曲輪でも陸側に土塁が設けられていて、海側には築かれていません。

安宅船の原寸大模型

長浜城の南側には安宅船の原寸大の模型が再現されています。

安宅船は戦国時代に主力として使われた軍船で、長さ24.3m、幅9.7mもある大きな船です。

原寸大模型がある場所はガイダンス広場となっていて、安宅船や長浜城の案内板による資料が多数展示されているので必見です。

石垣

長浜城の南側には一部に石垣が残されている箇所があります。

草に埋もれ掛かっていますが、長浜城で数少ない石垣で貴重な遺構です。

野面積みの石垣のように見えます。

腰曲輪先端

長浜城の北東には、海に向かって突き出た尾根が続いています。

尾根上には小さな腰曲輪が多数設けられていて、海側から来る敵に対しても防御力を高めています。

腰曲輪の先端まで降りると、海の目の前まで行くことができます。

足下が岩盤なので転ばないように注意が必要です。

第二曲輪からの景色

長浜城は海城と山城の両方の特徴がある珍しいお城で、曲輪や堀、土塁などの当時の遺構が残されています。

原寸大の安宅船の展示や、案内板の資料が充実しているので、城内を散策していて面白いお城です。

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