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【久野城】の御城印やアクセス、本丸、二の丸、三の丸などの曲輪群を紹介!

お城

お城の紹介をします。

静岡県袋井市の久野城です。

1492~1501年に久野宗隆が築城し、自身の居城としていました。

1590年に豊臣秀吉により、徳川家康が関東に異封されると、久野宗能もこれに従い下総の佐倉に移りました。

その後、豊臣家臣である、松下之綱、重綱が入城しますが、1603年に久野氏が城主となります。

1619年には北条氏重が入城しますが、1644年に廃城となります。

現在でも、本丸、二の丸、三の丸などの曲輪群が良好に残されています。特に本丸北側の土塁、横堀が見どころです。

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久野城・基本情報、アクセス

所在地:〒437-0017 静岡県袋井市鷲巣1281

城 主:久野氏、松下氏、北条氏

形 式:平山城

文化財史跡:市指定文化財

日本100名城スタンプ場所:該当無し

久野城・御城印(袋井北コミュニティセンター)

袋井北コミュニティセンター

 久野城御城印 1枚300円

久野城の御城印は、袋井北コミュニティセンターで購入することが可能です。

月日が同じ日(4月4日など)は限定の御城印になります。写真は6月6日なのでアジサイのスタンプが押してあります。

袋井北コミュニティセンター https://fukuroi-comicen.jp/fukuroinorth/

〒437-0061 静岡県袋井市久能1330-2

開館時間:9:00~17:00 休館日:月曜日、祝日、12月29日~1月3日

久野城・駐車場

久野城址駐車場

 久野城 無料パンフレット

久野城の北西に久野城址駐車場があります。

5台ほど駐められる無料の駐車場で、トイレ完備です。

トイレの横には無料の久野城パンフレットがあるので、至れり尽くせりです。

久野城・縄張り

久野城縄張り(現地案内板より)

久野城は、南側に東海道を見下ろす丘陵地に築城された平山城です。

本丸を中心に、二の丸、三の丸、東の丸、南の丸、西の丸などの曲輪が配されて、北側は土塁や横堀、堀切が設けられ防備を固めています。

当時は東、南、西側には水堀が築かれ、更に外周は湿地帯となっていて自然地形を生かした築城がされていました。

久野城・本丸北側の土塁、横堀

本丸北側の土塁と横堀

駐車場横の階段を登って行くと、本丸北側の土塁が見えて来ます。

本丸北側に大規模な土塁と横堀を築くことで、防御力を高めています。

現在でも土塁と横堀の一部が残されているので、必見です。

久野城・北の丸

北の丸

本丸の北西には北の丸があります。

現在は北の丸の曲輪跡が残るのみですが、当時は北の丸の先には大堀切が築かれていました。

堀切

本丸、北の丸間の堀切

本丸と北の丸の間には堀切があります。

この堀切は本丸北側の横堀と繋がっていて、現在の久野城に残る一番大きなものです。

現在でも良好に残されているので、見どころです。

久野城・三の丸

三の丸

北の丸のやや南に三の丸があります。

三の丸ですが、曲輪の大きさは小さいです。

現在は曲輪跡のみですが、三の丸からは西の丸を見下ろす事ができます。

久野城・二の丸

二の丸

三の丸の東には二の丸があります。

二の丸は本丸南側の下段にある細長い曲輪です。

井戸跡

二の丸井戸

二の丸北側には井戸があります。

本丸虎口の横に築かれていて、籠城の際には生命線となる大事な井戸です。

現在でも水が湧いているようです。

久野城・本丸

本丸

二の丸の北に本丸があります。

本丸は久野城の中心にあり、高所にあります。広さは二の丸や三の丸より一回り大きいです。

北条氏時代に本丸虎口が埋められ、本丸北側が削られた可能性があるようです。

久野城・高見

高見

二の丸の南には高見という曲輪があります。

高見は東、南、西の見通しが良く、特に南側には東海道が通過していたので、久野城は東海道を監視する為に築かれたと云われています。

久野城・南の丸

南の丸

高見の南には南の丸があります。

久野城で最も広い曲輪で、久野城の城主の館が有ったと考えられています。

掘立柱建物も確認されています。現在は四阿があり、休憩する事ができます。

久野城・大手口

大手

久野城の東には大手口があります。

久野城の正面玄関といえる場所で、東海道から油山寺へと行く道に面してして、松下氏時代に整備されました。

当時は櫓門が築かれており、北条氏重により掛川城北門に移築されたといわれています。

隅櫓跡

隅櫓跡

大手口には隅櫓の跡があります。

隅櫓は松下氏時代に築かれたもので、発掘調査により柱穴が見つかり、柱を直接土の中に立てていたことが判明しています。

江戸時代には、礎石建物へと改修されたようです。

大手口だけあって、当時は櫓門や隅櫓が建てられていたとは驚きです。

久野城・東の丸

東の丸

大手口の北には東の丸があります。

東の丸は本丸の北東にある曲輪で、松下重綱が幕府に無断で工事を行った事で、咎められ小張(茨城県つくばみらい市)に転封、蟄居となったいきさつがあります。

実際に発掘調査により、礎石建物跡が見つかっています。現在は草に覆われていて跡は確認できません。

久野城・西の丸

西の丸

久野城の西には西の丸があります。

かなり広い平地の曲輪で、主膳屋敷という名前が残されており、家臣の屋敷があったと考えられています。

北条氏時代に谷や水堀を埋め立てた形跡があり、大規模な改修が行われています。

最後に

西の丸から見る、久野城全景

久野城は本丸、二の丸、三の丸などの曲輪群が良好に残されており、パンフレットを片手に当時の光景をイメージしながら各曲輪を巡るのが楽しいお城です。

また近くには可睡斎や油山寺などの徳川家康や久野城主ゆかりのお寺があるので、こちらも合わせて巡ると良いです。

久野城ウェブサイト

 https://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/kurashi/kanko_bunka/bunka/bunkazai/1536720412945.html

可睡斎ウェブサイト

 https://www.kasuisai.or.jp/

油山寺ウェブサイト

 https://yusanji.jp/

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