久留里城のアクセスや見どころ(天守閣、天守台など)を紹介!

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お城

千葉県君津市の久留里城です。

1440年に武田信高が真里谷城の支城として築いた事に始まります。

1537年頃に安房の里見義尭が久留里城を攻め落とし、お城を大改修し本拠地としました。

里見氏は小田原の北条氏と敵対した為、たびたび久留里城は攻撃を受けますが、北条勢を撃退しました。

1590年に里見義康は豊臣秀吉の小田原攻めに遅参してしまった為、上総領を没収され安房一国になってしまいました。

その後、大須賀氏、土屋氏と城主が変わり、1742年に黒田氏が入封すると明治時代まで存続しました。

現在では、標高180mの山頂に曲輪が連なり、二重三階の天守閣の横には当時の天守台が残されています。

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久留里城・基本情報、アクセス

所在地:〒292‐0422 千葉県君津市久留里字内山

城 主:里見氏、大須賀氏、土屋氏、黒田氏

形 式:山城

文化財史跡:ー

日本100名城スタンプ場所:該当無し

久留里城・駐車場

久留里城の北に君津市森林体験交流センターがあるので、こちらの駐車場を利用します。

130台ほど駐められる無料の駐車場です。

久留里城・登城口

登城道

登城道

駐車場からは歩きやすい歩道が整備されていますので、ハイキング感覚で天守閣まで行くことができます。

堀切跡

堀切跡

駐車場から歩いていくと、最初に堀切跡が見えてきます。

現在は歩道が整備されているため分かりづらいですが、尾根を断ち切ることにより敵の侵入を防ぐ堀切跡がうかがえます。

久留里城・二の丸

玉ヶ池

玉ヶ池

久留里城の二の丸には玉ヶ池があります。

久留里城の二の丸には水源が無く、城主の里見義尭が家臣に池を掘るように命じました。

家臣の兵が池を掘っていると、兵糧庫が焼失してしまう事件が発生します。

兵達が疑われ捕らわれると、小川秀政の娘のお玉が兵達を哀れんで池を代わりに掘り始めます。

しかし、兵達は打ち首となってしまいます。やがて疑いが晴れるとお玉は髪を切り兵達を弔いました。

このようなエピソードがあるため、お玉ヶ池とよばれています。

久留里曲輪

久留里曲輪

お玉ヶ池の近くには、久留里曲輪があります。

二の丸の手前にある腰曲輪と呼ばれる小規模な曲輪で、主要な曲輪に付属する事で防御力を高めています。

土塀

紅葉と土塀

二の丸には久留里城址資料館があります。

資料館の入場料は無料で、久留里市の歴史や久留里城に関する展示があるので、必見です。

資料館のそばには土塀が造られているので、お城の雰囲気がして良いです。

【久留里城址資料館】

所在地:〒292‐0422 千葉県君津市久留里字内山

開館時間:9:00~16:30

入館料:無料

休館日:月曜日・祝日の翌日・年末年始

ウェブサイト:https://www.city.kimitsu.lg.jp/soshiki/54/

紅葉

紅葉

久留里城址資料館の少し先に天守閣があるので、歩いて行きます。

二の丸と天守閣のある本丸は、細い尾根道になっていて、敵が容易に移動できないようになっています。

紅葉が赤く染まっていて綺麗です。

久留里城・天神曲輪

曲輪内部

天神曲輪

本丸の手前には天神曲輪があります。

二の丸方面から来た敵を防ぐ小さな曲輪で、本丸の最終防衛ラインとなっています。

男井戸・女井戸

男井戸・女井戸

本丸に向かう道の途中に男井戸・女池井戸があります。

里見義尭の時代に敵対していた北条氏が久留里城に攻め寄せて来ますが、この井戸の水源により、籠城を耐え抜いたよ云われています。

また、江戸時代に黒田氏が城主の時にはこの井戸の水を新郎、新婦が飲む事で夫婦の誓いを立てたそうです。

久留里城・波多野曲輪

曲輪内部

波多野曲輪

本丸の下段には波多野曲輪があります。

波多野曲輪も腰曲輪として築かれ防御力を高めています。

また、波多野曲輪の目の前は遮る木々がないので、景色が良いです。

ベンチが絶好のポジションに設置されているので、休憩に良いです。

久留里城・天守閣

天守閣

本丸には天守閣があります。

天守閣は二重三階の望楼型で、最上階には廻り縁が設けられています。

天守閣内部は資料などの展示はそれほどありませんが、最上階の高欄に出ることができます。

景色

天守閣からの景色

天守閣最上階からは、久留里城下を見渡す事ができます。

どこか田舎の良き雰囲気がします。

久留里城は別名雨城とも呼ばれていて、雨や霧が発生する事が多く、城を覆うことで敵を退けたともいわれています。

天守台

土づくりの天守台

天守閣の真横には天守台があります。

石垣造りの天守台ではなく土造りで、当時の天守はこちらに築かれていました。

天守台と天守閣

天守台は1743年~1746年に掛けて黒田直純が、お城を再築した時に築かれたものです。

天守台からは発掘調査により礎石が発見され、内側と外側の二重に配置されていまいた。

礎石の配置は、内側が二間(3.6m)×二間で、外側は三間(5.4m)×五間半(9.9m)で、この大きさから推定すると、二重二階の天守が建てられていたと想定されます。

まとめ

天守閣

久留里城は里見氏が本拠地にしたお城で、自然地形を利用した堅固なお城です。

山頂付近には曲輪や堀跡が多数残され、資料館や天守閣が建てられ里見氏の歴史を知ることができます。

ハイキングで城跡を見ることができるので、気軽に訪れると良いでしょう。

久留里城ウェブサイト

 https://www.city.kimitsu.lg.jp/site/kanko/491.html

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