スポンサーリンク

【滋賀県・安土城】織田信長が築いた、幻の天主がそびえたお城

お城

過去に訪れたお城を紹介します。

滋賀県近江八幡市の安土城です。

織田信長が自信の居城として、琵琶湖畔近くの安土山に築いたお城です。

五重七階の極彩色の豪壮な天主が山頂に築かれ、大手道には自信の家臣を住まわせる為に屋敷を建てられました。

本能寺の変後に天主を初めとする建物は焼失してしましますが、現在でも天主台や郭の石垣が残されています。

安土城

所在地:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦

城 主:織田氏

日本100名城スタンプ場所:安土城天主信長の館、安土城郭資料館、安土城跡信長廟前

安土城の南側に、安土城跡前多目的広場駐車場があります。

無料で、100台ほど駐車する事が出来ます。

駐車場から少し歩いたところに料金所があります。

料金所を抜けると、大手道が真っ直ぐ延びているのが目に入ります。

大手道

大手門から山腹までは180mに渡って一直線に大手道が延びています。

道幅は6mもあり広く、道の端は側溝が設けられています。

さらにその外側には1~2m程の石塁が築かれ、織田信長の家臣の屋敷が建ち並んでいました。

安土城を象徴する道で壮観です。

大手道を進んで行くと、右側に伝前田利家邸跡があります。

伝前田利家邸跡 蔀の石垣

入口を入ると小さな枡形があり、その奥に屋敷がある中段郭と、一段下がった所に厩屋がある下段郭があります。

現在は、藪になっているので奥まで入ることは出来ません。

ここに前田利家が住んでいたと云われていますが、確証はありません。

伝前田利家邸跡の向かい側には、伝羽柴秀吉邸跡があります。

伝羽柴秀吉邸跡

伝羽柴秀吉邸跡は上下二段になっています。

写真は下段から撮ったもので、下段の入口には櫓門が建てられていたようです。

また、6頭の馬を飼うことが出来る厩がありました。

上段には、生活の場である主殿が建てられていました。

入口は高麗門でしたが、直ぐ横には隅櫓が建てられ警備されていたようです。

主殿には玄関から入り、遠侍の間、主殿、内台所が3棟の建物が接続しており、大きな屋敷であったようです。

大手道を振り返った景色

大手道途中まで登った所で振り返った景色です。

結構な高さまで登って来たので、遠くが見渡せます。

現在は大手道の両側は木が乱立していますが、当時は家臣団の屋敷が建ち並んでいたと思うと、圧巻だったでしょうね。

大手道

大手道は途中で左へぐるっと曲がっています。

さすがに天主まで一直線、というわけにはいけませんからね。

黒金門跡手前

さらに先へ進むと黒金門跡が見えてきます。

ここまでずっと石段が続いているのもすごいですね。

黒金門跡

黒金門跡の石垣はこれまでの石垣より一つ一つが大きく、威圧感があります。

この黒金門より先は安土城の中枢になるので、防備が厳重で雰囲気が違いますね。

この虎口の威圧感、迫力が好きです。

黒金門跡を通り右へ進むと、二の丸虎口です。

二の丸虎口

二の丸虎口は黒金門より広いですね。

しかし、虎口手前の道は両側が石垣で囲まれているので、城内を進む敵に横矢を掛ける事が出来ます。

織田信長本廟

二の丸には信長廟があります。

1583年に羽柴秀吉が織田信長の遺品を埋葬し、この本廟を建立しました。

中に入る事は出来ませんが、外から柵の向こうを伺うことは出来ます。

静かな所で、神聖な雰囲気がしますね。

天主台を横目に本丸へ向かいます。

本丸取付台跡への虎口

本丸には東西34m×南北24mの中に建物の礎石が119個見つかっています。

礎石の配置から天皇の住まいである、内裏清涼殿に似ている事が分かっています。

天皇の行幸計画があったとされ、この建物が織田信長が用意した天皇の御殿だったと考えられています。

実際には実現しませんでしたが、当時の織田信長の強大さが窺えますね。

天主取付台への虎口の石垣も迫力がありますね。

左側の石が少し丸みを帯びているので、本能寺の変後の火災の時に焼けたのでしょうか。

天主台への入口

天主取付台から天主台への入口があります。

ここは周りに木があり陰になっていますが、その先の天主台は開けていて日が当たっているので神秘的です。

織田信長が歓迎してくれているかのようです。

この石段を登るといよいよ天主台です。

天主台

天主台は不等変七角形、周囲が石垣で囲まれていて、礎石が整然と並んでいます。

天主は五重七階で、穴蔵を有しており、五階部分は八角形で外柱は朱塗り、内柱は金箔で、最上階は内外共に金で、柱は漆塗り、三皇五帝の絵が描かれていたという、史上類を見ない高層建築物でした。

天主台からの景色

しかし、天主が完成してからたった3年で本能寺の変後に焼失してしまいます。

当時の姿を伝える資料が少なく現在でも様々な研究がされています。正に幻の天主ですね。

この安土城の天主をきっかけとして、その後全国に様々な天守が築かれていきました。

摠見寺 三重の塔(重要文化財)

安土城の南西の百々橋口の先には摠見寺跡があります。

織田信長がここに寺を移築させたと伝わっています。

現在でも室町時代に建てられた三重の塔が現存しており、外部の細やか彫刻を見ることが出来ます。

百々橋口の途中には仁王門も現存しています。

仁王門(重要文化財)

仁王門も室町時代に建てられたものです。

仁王門も重要文化財ですが、門内の木造金剛二力士像も重要文化財に指定されています。

安土城の建築物は残っていませんが、貴重な室町時代の建造物を見ることが出来るので、とても良いですね。

天主台の石垣

安土城は、織田信長の常識に捕らわれない発想を具現化したような、幻のお城です。

安土城の近くには「安土城天主信長の館」や「安土城考古博物館」、「安土城郭資料館」と様々な資料館があります。

特に「安土城天主信長の館」では安土城の天主の5・6階部分を原寸大で復元されているので、必見です。

資料館で幻の安土城を見学してから、城跡で織田信長のスケールの大きさを体感するのがオススメです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました