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【岐阜県・苗木城】標高432mの山頂に築かれた、ミニマチュピチュの様な山城

お城

お城の紹介をします。

岐阜県中津川市の苗木城です。

1520年代に遠山昌利が築いた事に始まります。

東美濃は武田家と織田家の激しい戦いが繰り広げられていて、岩村の遠山景任、苗木の遠山直廉がいました。

織田信長の死後に苗木城は森長可に攻められ、城主の遠山友政は徳川家に臣従しました。

1600年の関ヶ原の戦いの直前に遠山友政は徳川家康の命を受けて、苗木城を奪還する事に成功しました。

その後は、1万石の大名として遠山氏が苗木城を支配しました。

現在では、木曽川を天然の堀として標高432mの高森山の山頂には、自然地形の岩盤を生かして築かれた石垣が多数残り、マチュピチュの様な景観を楽しむことができます

苗木城

所在地:岐阜県中津川市苗木

城 主:遠山氏

続日本100名城スタンプ場所:中津川市苗木遠山史料館

苗木城の西側の麓には中津川市苗木遠山史料館があるので、こちらの駐車場を利用すると良いでしょう。

20台ほど駐められる無料の駐車場です。

中津川市苗木遠山史料館には苗木城の歴史に関する展示や苗木城の復元模型があるので、登城前に訪れると良いです。

登城道

史料館から歩いて行くと早速石垣があります。

お城の主要部まだ先ですが、両側に石垣が築かれていて虎口になっていたと思われます。

いきなりの石垣のお出迎えで、期待感が高まります。

足軽長屋から見た苗木城

先ほどの石垣を通り過ぎると、足軽長屋という小さな曲輪があります。

足軽長屋の曲輪は30m程の大きさで、足軽の宿泊施設や小頭部屋、稽古場などの建物が並んでいました。

また、足軽長屋からは苗木城の主要部を見ることができます。

主要部がある山頂には木々がないので、遠くからでも石垣がや展望台が見えていて、圧巻です。

風吹門跡

足軽長屋から主要部へ歩いて行くと、風吹門跡があります。

風吹門は三の丸へ入る為の門で、当時は櫓門が建てられ櫓門の右手には門番所があり、城内への通行人を監視していました。

城主が在城しているときには門が開かれ、江戸に滞在しているときには門が閉じられ、右隣にある潜り戸が使われていました。

風吹門横の石垣

風吹門跡の横には石垣が積まれています。

左側の石垣は大矢倉の石垣で、右側の石垣は大矢倉に付属している石垣です。

打込接ぎで積まれていて、迫力があります。

北門跡

大矢倉の北側には北門跡があります。

当時の北門は土塀付きの門が建てられていました。

北門の横には小さな池があり、雨が降ると貯水池になり馬の飲み水として利用されました。

大矢倉の石垣と紅葉の組み合わせが綺麗です。

大矢倉の石垣

風吹門跡まで戻り、大矢倉の正面へ行きます。

大矢倉は苗木城で最大の櫓で、外観が二重で内部は三階の造りになっていました。

風吹門や北門から攻めてくる敵を攻撃する為の櫓です。

自然の岩の上に築かれた石垣は一部は切込接ぎで築かれ、段々になった石垣が圧巻です。

大矢倉内部

大矢倉の1階部分はコの字に石垣が築かれ、倉庫として利用されました。

1階部分の石垣は、加工した石を利用する打込接ぎで積まれていて、所々には矢穴の跡があります。

四十八曲がりへの道

大矢倉のある三の丸には四十八曲がりに繋がる道があります。

城下に繋がる道があったと思われます。

大門跡

三の丸と二の丸の間には大門跡があります。

大門は三の丸と二の丸を仕切る、苗木城最大の櫓門です。

二階部分は物置として使われ、城主が参勤交代に出発するとき以外は門は閉じられ、平時は潜り戸が使われました。

御朱印蔵跡

大門を少し過ぎた所には、御朱印蔵跡があります。

御朱印蔵は、将軍家から拝領した領地目録や朱印状などの重要な書類を保管する為の蔵でした。

御朱印蔵のあった土台には、切込接ぎで隙間無く積まれた石垣が使用され、とても綺麗です。

的場跡

二の丸には的場跡があります。

的場は30m程の広さがあり、弓、鉄砲はもちろん、刀、槍の稽古をしていた場所です。

郭が石垣で築かれていて、左側は土塀が築かれていました。

奥には的である土塁が築かれていて、長さ3m、高さ1mあります。

不明門跡

二の丸を南側に進んでいくと、不明門跡があります。

不明門は二階建ての門が建てられており、「ふめいもん・あかずのもん」という名前の通り門が閉め切られていました。

両側に石垣が築かれていて、威圧感があります。

仕切門跡

不明門の先にある清水門と通過し、本丸の東には仕切門跡があります。

仕切門は二の丸と本丸の南側を仕切る門で、屋根付きの門が建てられていました。

仕切門には仕切り門小屋が付属していて、物置として利用されていました。

打込接ぎの石垣が、きれいにパズルの様に組み合わされているのが、面白いです。

坂下門跡

二の丸の大門跡まで戻り、先に進んで行くと坂下門跡があります。

坂下門は、二脚の門として建てられていて、坂の途中にある事が名前の由来です。

坂下門の右側は岩盤あそそり立っていて、上から攻撃されたらひとたまりもありません。

坂下門跡付近から見た、大矢倉の石垣

坂下門跡付近からは、大矢倉の石垣を見下ろす事ができます。

段々に積まれた石垣群がまるで小さなマチュピチュの様で壮観です。

苗木城の一番の見所で、木の葉が枯れる秋や冬の期間にくると石垣が良く見えると思います。

的場跡

坂下門跡の先の菱櫓門跡を通過すると、的場があります。

苗木城には的場がこの本丸と、二の丸の二箇所にあります。

こちらも奥には的の土塁が盛られています。

千石井戸・本丸口門跡

的場の隣には千石井戸があります。

千石井戸は苗木城内で一番高い場所にある井戸で、千人分の水をまかなうことができた為、千石井戸と呼ばれています。

千石井戸の隣には、本丸口門跡があります。

本丸口門は本丸と二の丸を仕切る門で、欅が使われていたことから別名欅門とも呼ばれていました。

武器蔵跡

本丸口門跡の先には武器蔵跡があります。

武器蔵は長さ16m、奥行き3mの蔵で、内部には遠山家が所有する弓や鉄砲が納められていました。

礎石が当時のままの位置に残されています。

それにしても、外側には遮るものがないので、風がよく通り、遠くまで見渡す事ができるので壮観です。

武器蔵付近から見た展望台

本丸の一番高い場所には天守台があり、現在は展望台が建てられています。

岩盤の上に建つ展望台

苗木城の天守は巨岩の上に建てられていて、三重三階でした。

現在は当時の巨岩の柱穴をそのまま利用して、天守三階部分の床面の梁組み再現して、展望台施設となっています。

自然の岩を利用して三重の天守が建てられていたとは驚きで、当時の技術力の高さがうかがえます。

展望台からの景色①

展望台に登ると360°視界を遮るものがないので、壮観です。

展望台からの景色②

眼下には木曽川が流れていて、苗木城の天然の堀として利用されていたことが分かります。

遠くの山脈まで見渡せるので、非日常の感覚を味わうことができます。

お城好きではなくても、訪れる価値が十分にあります。

本丸の石垣

本丸、天守台付近の石垣です。

切込接ぎの石垣が岩盤に沿うように積まれていて、要塞そのものです。

石垣と紅葉

苗木城は山頂に積まれた打込接ぎや、切込接ぎの石垣が見所で、マチュピチュの様です。

竹田城のほかにもこのような石垣のお城があるとは驚きです。

お城好きはもちろん、お城好きではなくても楽しめる名城ですので、是非訪れて見てはいかがでしょうか。

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