群馬県安中市にある安中城。
1559年に安中越前守忠政が野尻と呼ばれていた地に、城を築き安中と改めました。
1563年に武田信玄が侵攻し安中城は落城し、安中忠政は切腹し子の忠成は降伏して安堵されます。
1582年に織田氏と徳川氏の甲州征伐により安中氏は織田信長の家臣である滝川一益に服属しますが、本能寺の変が起こると北条氏が支配下となります。
1590年の小田原征伐後に徳川家康が関東に移封されると、家臣の井伊直政が上野国に入り碓氷峠を江戸防衛の要とします。
1615年に井伊直政の長男である直勝が安中城に入り、安中藩3万石の初代藩主となります。
その後は、水野氏、堀田氏、板倉氏、内藤氏、板倉氏と徳川譜代が城主となります。堀田正俊、板倉勝清と老中を輩出しています。
明治維新後に安中城は廃城となり、取り壊されてしまいます。
現在城跡には、安中藩の郡奉行役所、武家長屋などが残され見どころとなっています。
安中城・基本情報、アクセス
所在地:〒379-0116 群馬県安中市安中3丁目10-44
城 主:井伊氏、水野氏、堀田氏、板倉氏、内藤氏、板倉氏
形 式:平城
文化財史跡:市指定重要文化財(旧安中藩郡奉行所、旧安中藩武家長屋)
日本100名城スタンプ:該当なし
安中城・御城印

安中城 御城印
安中城の御城印が販売されています。
安中城跡から西へ17km程行った所にある「安中市観光機構横川」で、1枚440円で購入する事が出来ます。
種類が多数あるので、気に入ったものを選んで買う事が出来ます。
【安中市観光機構横川】
安中城・駐車場

旧安中藩郡奉行役宅の北側に専用駐車場があります。
3台程停められる無料駐車場です。トイレは武家長屋の横にあります。
旧安中藩郡奉行役宅の西側にも駐車場があり、3~4台程停める事が出来ます。
安中城・縄張り図

安中城は北に九十九川、南に碓氷川に挟まれた河岸段丘上に築かれています。
本丸と二の丸が主要部で200m四方の広さがあり、東西に城域が広がっています。
本丸と二の丸の東側に横矢を意識された大手門があり、旧中山道が通る南側に町口門、西側に西門、東側に東門が配されています。
安中城・旧安中藩 郡奉行役所

明治の廃城令により安中城の建物は取り壊されてしまいました。現在、安中市立安中小学校がある場所が本丸跡となっています。
本丸の南西側に旧安中藩郡奉行役宅があります。

旧安中藩郡奉行役宅は藩主の側近で、郡奉行である山田三川や猪狩幾右衛門懐忠が住んでいた建物です。
郡奉行は領内の警察権や裁判権を有していて、配下に代官を置き農村を統治していました。
母屋の内部見学が可能で、台所や八畳のジョウダンや十畳のザシキ、十五畳のオカッテなどがあり江戸時代の奉行が住んだ様子が分かり、見どころです。
【旧安中藩郡奉行役宅】
所在地:〒379‐0116 群馬県安中市安中3丁目6‐9
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
冬季(12月~2月)は9:00~16:00(入館は16:00まで)
入館料:個人210円、市民及び高校生以下は無料
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、月曜祝日の翌平日、
年末年始(12月28日~1月4日)
ウェブサイト:大名小路(旧安中藩郡奉行役宅)‐安中市ホームページ
安中城・旧安中藩 武家長屋

旧安中藩郡奉行役宅の西側に、旧安中藩武家長屋があります。
武家長屋は安中藩の中級の藩士が住んでいた建物で、桁行26間(47.32m)、梁間3間(5.46m)の大きさがあります。

長屋は3軒分が現存していましたが、1軒分は取り壊されていました。
古絵図や建物の痕跡を基に東端の1軒分が復元され、長大な長屋を見学する事が出来ます。

1軒分の内訳はダイドコロ、ナガシバ、シモザシキ、カミザシキ、エンガワといった構成で、一番西側1軒だけが1部屋分(ナカザシキ)が多くなっています。
萱葺き屋根で同一の部屋が立ち並ぶ様子は独特で、江戸時代の中級武士の生活が垣間見れて、見どころです。
【旧安中藩武家長屋】
所在地:〒379‐0116 群馬県安中市安中3丁目6‐1
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
冬季(12月~2月)は9:00~16:00(入館は16:00まで)
入館料:個人210円、市民及び高校生以下は無料
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、月曜祝日の翌平日、
年末年始(12月28日~1月4日)
ウェブサイト:大名小路‐安中市ホームページ
まとめ

【安中城の見どころ】
・江戸時代の郡奉行が住んだ格式ある旧安中藩郡奉行役宅
・中級の武士が住んだ長大な建物で、同じ部屋が並ぶ旧安中藩武家長屋

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