神奈川県中郡大磯町にある高麗山城(こまやまじょう)。
1438年に関東公方の足利持氏が室町幕府に対し反乱を起こした際に、上杉持房が討伐する為に陣を構えた事に始まります。
1510年には北条早雲が上杉顕定を攻撃する際にも利用されました。
その後は、小田原城と相模平野を一望できる為、北条氏の伝えの城として機能しました。
1560年には上杉謙信が小田原の北条氏康を攻める際にも陣を構えました。
現在でも城跡の尾根上には堀切跡が残され、見どころとなっています。
高麗山城・基本情報、アクセス
所在地:〒255‐0001 神奈川県中郡大磯町高麗579
城 主:上杉氏、北条氏
形 式:山城
文化財史跡:ー
日本100名城スタンプ:該当なし
高麗山城・駐車場

高麗山城の東側にある「大磯町生涯学習館」の駐車場が利用出来ます。
25台程駐車出来る広さの無料駐車場です。トイレは学習館内にあります。
高麗山城・登山口
高来神社

高麗山城の南東側の登山口には高来神社があります。
神武天皇の時代に創建したと伝わり、かつては高麗山の山頂部に上宮があり高麗権現社と云われていました。
現在では高麗山の麓に社殿があり、春に山神輿の渡御外、夏には御舟祭の神事が行われ大磯の鎮守神として親しまれています。
登山口

高麗山城の登山口は高来神社の奥にあります。
登山道は男坂と女坂の2つあり、男坂は距離は短いですが急坂で、女坂は緩やかな坂ですが距離が長い道となっています。
高麗山城跡のある大堂跡には20~30分程で行くことが出来ます。
登山道

男坂はかなり険しい道で、途中に崖に近いような場所があるので注意が必要です。
下る際は女坂で行くことが推奨されています。
高麗山城・大堂
大堂跡

高麗山城のあった場所は大堂跡となっています。
標高168mで以前は高来神社に上宮があり神輿が安置されていましたが、現在は跡のみとなっています。
背後に土塁のようなものがありますが、当時の城郭遺構であるかは不明です。
堀切

大堂跡から西へ尾根道を進んで行くと堀切が見えて来ます。
現在、堀切には橋が架けられていてハイキングが出来ように整備されています。

堀切は深さが1m程、幅は1.5~2m程と小規模となっています。
当時はもっと深く幅広であったと思われますが、高麗山城の貴重な城遺構となっています。
高麗山城・八俵山
堀切

最初の堀切を越えて更に西へ尾根道を進んで行くと、大きな堀切が見えて来ます。
こちらの堀切にも橋が架けられていて、渡ることが出来ます。

堀切は深さが4~5m程、幅は10m程あるかと思われ大規模なものとなっています。
堀切は斜面まで掘削されていて竪堀の様になっています。
八俵山側の堀切は規模が大きく高麗山城で最も良好に残る遺構で、見どころです。
山頂部

八俵山の山頂部には案内板や机があります。
標高160mで以前は毘沙門堂があったと云われています。
西側の高麗山公園から浅間山を経由して、来ることも出来るようです。
高麗山城・東天照
山頂部

大堂跡から東側の尾根を進むと東天照の山頂部があります。
標高135mで鎌倉時代には白山社が祀られていたと記録があります。
展望台

東天照から東へ尾根を進むと展望台があります。
展望台からは大磯町や相模湾を一望する事ができ、景色が良いです。
まとめ

【高麗山城の見どころ】
・八俵山側の深さ4~5m、幅10m程の大規模な堀切


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