奈良県宇陀市にある宇陀松山城。
有力国人秋山氏が標高473mの古城山に本城として築いた事に始まります。
1585年に豊臣秀長が大和郡山に入ると、秀吉の家臣である伊藤掃部頭義之が秋山城に入城しました。
以後、加藤氏や羽田氏などの豊臣配下の大名が入部し、1592年に多賀氏が入城すると石垣造りの城に改修されました。
1600年の関ヶ原の戦い後には福島高晴が入城しますが、1615年に改易となり城が破却されます。
その後、織田信雄が入部すると代々織田氏が宇陀藩主になりますが、1695年に丹波国へ国替えされ宇陀郡は幕府直轄領となります。
現在でも本丸には一部石垣が残され、天守郭や虎口跡、横堀が残され見どころとなっています。
麓の城下町には春日門跡、松山西口関門、江戸時代の古い町並みが残されていてこちらも見どころとなっています。
宇陀松山城・基本情報、アクセス
所在地:〒633‐2114 奈良県宇陀市大宇陀春日
城 主:秋山氏、伊藤氏、加藤氏、羽田氏、福島氏
形 式:山城
文化財史跡:国指定史跡
続日本100名城スタンプ:まちづくりセンター千軒舎
宇陀松山城・駐車場
宇陀松山城の南西、国道166号線に面する場所に道の駅宇陀路大宇陀があります。
34台止められる大きさの駐車場があり、ここから城下町や宇陀松山城を散策するのがオススメです。
50m程南に行くと道の駅の第2駐車場があり、こちらは混雑する事はありません。
【道の駅 宇陀路大宇陀】
所在地:〒633‐2164 奈良県宇陀市大宇陀拾生714-1
営業時間:8:00~19:00(11月1日~3月31日は8:00~18:00)
TEL:0745‐83‐0051
宇陀松山城・城下町
まちかどラボ観光案内所
宇陀松山城 御城印 1枚300円
道の駅 宇陀路大宇陀から東へ100m程の所に「まちかどラボ観光案内所」があります。
続日本100名城のスタンプが設置されていて、御城印も販売されています。
宇陀松山城の御城印は1枚300円で購入する事ができます。宇陀松山城と呼ばれる前の秋山城の御城印もあります。
他にもパンフレットや宇陀松山城に関する資料が展示されているので、最初に訪れたい場所です。
【まちかどラボ観光案内所】
所在地:〒633‐2162 奈良県宇陀市大宇陀出新1817・1818合併2
開館時間:9:00~17:00
休館日:年末年始(12月19日~1月4日)
TEL:0745‐88‐9800
ウェブサイト:https://www.city.uda.nara.jp/bunkazai/shisetsu/bunka/machikado-lab.html
まちづくりセンター千軒舎
まちかどラボから50m北に行った場所に「まちづくりセンター千軒舎」があります。
千軒舎の建物は明治時代に薬屋、歯科医院として使用されていた内藤家住宅を改修したものとなっています。
こちらでも続日本100名城のスタンプが設置されています。
他にも宇陀松山城に関する映像が流されているので、視聴すると良いでしょう。
【まちづくりセンター千軒舎】
所在地:〒633‐2164 奈良県宇陀市大宇陀拾生1846
開館時間:9:00~17:00
休館日:年末年始(12月29日~1月4日)
TEL:0745‐88‐9108
ウェブサイト:https://www.city.uda.nara.jp/bunkazai/shisetsu/bunka/matsuyama-mc.html
宇陀市歴史文化館 薬の館
千軒舎から500m北に行った場所に「薬の館」があります。
建物は江戸時代末期の建築で、細川家は代々薬問屋を営んできました。
内部は資料館となっていて、薬や細川家の歴史に関する資料が多数展示されています。
建物は意外と広く、江戸時代の古い建物の内部を見て回るのも楽しいです。
【宇陀市歴史文化館 薬の館】
所在地:〒633‐2174 奈良県宇陀市大宇陀上2003
開館時間:10:00~16:00
入館料:大人310円・小中学生150円
休館日:月・火曜日(月、火いずれかが祝日の場合は水曜日休館)・12月15日~1月15日
TEL:0745‐88‐3988
ウェブサイト:https://www.city.uda.nara.jp/bunkazai/shisetsu/bunka/oouda-rbk.html
薬の館や千軒舎がある通りは両側に古い建物が多数残されていて、風情があります。
川越の蔵造りの町並みは有名で多くの観光客で賑わっていますが、こちらは観光客は少ないのでゆっくり落ち着いて散策する事ができます。
江戸時代から現代までの様々な建物があるので、ノスタルジックな雰囲気を感じる事ができて、見どころです。
松山西口関門(国の史跡)
薬の館から500mほど北西に行った場所に西口関門があります。
西口関門は宇陀松山城の城下町の西口に位置していて、門の隣には宇陀川が流れています。
現在でも高麗門が残されていて、桝形虎口を形成して城や城下町を守っています。
宇陀松山城に残されている貴重な城郭建築物で、見どころです。
春日門跡
宇陀松山城から西に400m、西口関門から300m程の所に春日門跡があります。
春日門は宇陀松山城の城下町の大手筋に位置しています。
当時は春日門を大手門として利用して、春日神社、武家屋敷を通り山頂の城郭部に登城していました。
当時は手前の石垣の間に門、左に折れた先に櫓門が築かれ桝形門が形成されていました。
更に石垣の上には春日門東櫓と春日門西櫓が建てられ、非常に厳重な虎口となっていました。
現在でも豪快な石垣が残されていて、宇陀松山城の見どころとなっています。
宇陀松山城・登城口
春日神社ルート
春日門跡を通った先にある春日神社の脇に宇陀松山城への登城口があります。
ここから宇陀松山城の主要部までは歩いて15~20分程です。
宇陀松山城の南側から登るルートも整備中で、駐車場も用意されるようです。
主要部から100mの所に宇陀松山城の説明板とベンチがあります。
ここで説明板を読みながら休憩すると良いです。
宇陀松山城・本丸
横堀
主要部に着くと最初に横堀が左手に見えて来ます。
横堀は深さが5~7m、幅が6~7m程あり大きさに圧倒されます。
横堀はジグザグに折れていて、大きさと合わせて見応えがあり、見どころです。
南西虎口跡(雀門跡)
横堀の先には南西虎口跡(雀門跡)があります。
南西虎口は本丸と御加番郭、帯曲輪、城外縁部へ続く通路が集まる要の位置にあります。
虎口は左に折れていて当時は石垣と門で桝形が形成されていて、現在でも下部に石垣が少し残されています。
宇陀松山城の主要部に入ったと実感できる場所で、ワクワクしてきます。
桝形虎口跡
本丸南西虎口跡の先へ進むと桝形虎口があります。
桝形虎口は石垣で四角い空間が形成されていて、通路は右に折れています。
下部に石垣が2段ほど残されていて、桝形の形が分かりやすく見どころです。
桝形虎口の先は更に左に折れていて、本丸南西虎口(雀門)から3回も折れ曲がっています。
立て続けに桝形虎口が形成されていて圧巻で、宇陀松山城で一番の見どころとなっています。
本丸南西の大手口は鉄壁の構えです!
虎口郭
桝形虎口の先に虎口郭があります。
虎口郭は本丸直前にある郭で、桝形虎口に迫る敵に攻撃する事ができる場所に位置しています。
虎口郭の一段上に本丸があります。
本丸内部
本丸は東西50m、南北45mと宇陀松山城で最大の広さをもつ郭です。
当時の本丸には本丸御殿が建てられていて、城割時に投棄された瓦の出土状況から檜皮葺き、または杮葺きと考えられています。
また、本丸の外周部には瓦葺きの多門櫓が連なっていて、鉄壁の防御となっていました。
景色
本丸は視界が開けていて景色が良いです。
標高473mの山頂からは周囲の山々が見渡せます。
本丸南東虎口跡
本丸の南東には本丸南東虎口跡があります。
草の隙間からうっすらと石の階段が見えていて、虎口跡と云う事がうかがえます。
残念ながら現在はロープが張られていて、本丸の下段(帯郭)に降りる事ができません。
宇陀松山城・天守郭
南虎口跡
本丸の東側に天守郭があります。
天守郭は東西40m、南北20mほどの広さがあり、当時は三重程の天守に相当する櫓が建てられていたと考えられています。
南北の張出し部には天守に接続する付櫓があり、その西側には城主の居住空間である奥向御殿があったと云われています。
現在でも虎口部分の石垣が残されていて、見どころです。
北虎口跡
天守郭には西側に2カ所の虎口跡があります。
どちらの虎口跡の石垣が2段ほど残されていて、当時の様子が垣間見れます。
北虎口側の虎口は階段となっています。
天守郭内部
天守郭内部には天守郭の説明板や石碑が複数建てられています。
当時は天守や御殿、多門櫓が天守郭や本丸に建ち並んでいた姿を見てみたかったです。
天守郭には文字が刻まれた石があります。
いつ書かれて何が書いてあるかは分かりませんが、江戸時代に書かれたような雰囲気がします。
大御殿郭・二の丸
天守郭の東側からは大御殿跡と二の丸跡を見下ろす事ができます。
手前側の広い場所が大御殿跡で、奥側の木が生い茂っている場所が二の丸跡です。
当時は大御殿跡と二の丸の間に大門(南東虎口)がありました。
まとめ
宇陀松山城は連続する桝形虎口が続き石垣が残る本丸南西虎口跡や、天守郭の石垣が残る虎口跡が見どころです。
山頂の主要部だけではなく、城下町にある西口関門や春日門跡の石垣も見どころなので、ぜひ城下町も散策すると良いです。
宇陀松山城ウェブサイト
奈良県のオススメのお城
コメント