諫早城(高城)の駐車場や見どころを紹介!

スポンサーリンク
お城

長崎県諫早市にある諫早城(いさはやじょう)「高城」。

戦国時代に伊佐早地方を統一した西郷尚善が築城した山城です。

城の北側は本明川を天然の堀として南側は絶壁となっていて二重、三重に堀を築き、高城と呼ばれていました。(別名:亀城)

1587年に豊臣秀吉の命に従わなかった4代西郷信尚は龍造寺家晴(初代諫早家)に攻められ、高城を追われます。

その後は諫早家の城となりますが、江戸時代の一国一城令により廃城となります。

現在は諫早公園として整備され、本丸跡や空堀、虎口跡が残され、諫早公園内にある眼鏡橋と合わせて見どころとなっています。

スポンサーリンク

諫早城・基本情報、アクセス

所在地:〒854‐0016 長崎県諫早市高城町1‐1

城 主:西郷氏、龍造寺氏

形 式:山城

文化財史跡:重要文化財(眼鏡橋)

日本100名城スタンプ:該当なし

諫早城・駐車場

諫早公園駐車場

諫早城(諫早公園)の東側に諫早公園の駐車場があります。

12台程停められる広さの無料駐車場です。トイレも完備しています。

諫早城・縄張り図

諫早城の縄張り図(現地案内板より)

諫早城は小高い丘の上に築かれた山城で、北側には本明川が流れ、天然の堀としています。

頂部に本丸があり、東側に東の丸、大手門、麓に桜馬場を配置し、城を二重、三重の堀で囲んでいます。

諫早城・桜馬場

眼鏡橋(国重要文化財)

諫早公園内にある眼鏡橋

諫早公園内には眼鏡橋があります。

眼鏡橋は1839年に完成した橋で、以前に本明川に架けられていた橋は洪水のたびに流されてしまっていました。

石造りの二連アーチ式の眼鏡橋は流されることなく、国の重要文化財に指定されています。

美しいアーチを描いた石造りの眼鏡橋は見どころです。

諫早城・東の丸

大手門

大手門跡に立つ諫早城の案内板

諫早城の東側に大手門跡があります。

大手門は諫早城の正門で、当時は門が建てられて敵の侵入を防いでいたと思われます。

大手門の横には諫早城の案内板が設置されています。

折坂虎口

大手門の先にある折坂虎口跡

大手門の先には折坂虎口があります。

折坂虎口は坂道を屈曲させることにより敵が侵入し辛くしています。

東の丸内部

東の丸内部の様子

本丸の東側一段下に東の丸があります。

東の丸は本丸に迫る敵を抑える郭で、平時は物見の役割がありました。

南西側には武者走り跡があり、本丸を囲むように長細い郭となっています。

諫早城・本丸

高矢倉

本丸下段にある高矢倉跡

本丸の一段下側に高矢倉跡があります。

当時は高矢倉が四方にあり、見張りや弓矢を放つ防衛拠点としていました。

龍造寺家晴が高城(諫早城)を攻めた時に「高城の上に四方に高矢倉が有りて、数多の矢狭間これあり。麓より上に至りて植木一本もこれなく見すかしたる城なり。」と言ったと云われています。

本丸内部

本丸内部の様子

諫早城の最頂部に本丸があります。

当時の本丸には食料や武器を保管する為の建物があったと考えられています。

搦め手

大きな空堀が残る搦め手

本丸の南側に搦め手があります。

搦め手とは裏口の事で、当時はこの場所に木橋が架けられていたと云われています。

高城の城主である西郷氏は龍造寺氏に攻められた時に、この搦め手を通り島原半島に逃げたと伝わっています。

搦め手の道の左右は大きな空堀が築かれていて、迫力があり見どころです。

空堀、土塁

大きな空堀と土塁

諫早城の南側には空堀と土塁があります。

現在でも大きな空堀と土塁が残されていますが、当時は石塁も造られていたと云われています。

諫早城の南側にある空堀と土塁は貴重な遺構で見どころです。

まとめ

高城神社にある西郷井戸

【諫早城(高城)の見どころ】

本丸南側にある大きな空堀を通る搦め手

諫早城の南側にある大きな空堀と土塁

諫早公園(桜馬場)にある美しい二連アーチ式、石造りの眼鏡橋

長崎県のオススメのお城:平戸城

コメント

タイトルとURLをコピーしました