岡豊城の駐車場やスタンプ、見どころ

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お城

高知県南国市にある岡豊城(おこうじょう)。

岡豊城の築城時期は不明ですが、長宗我部氏の居城となる山城です。

1508年に土佐七雄と云われる本山氏、山田氏、吉良氏などの連合軍により岡豊城は落城します。

1518年に長宗我部国親は一条氏の取り成しにより岡豊城に入城し、勢力を拡大しました。

国親の子、元親は一条氏を豊後に追放し土佐を統一、1585年には四国を統一しました。

しかし、羽柴秀吉の四国征伐にある土佐一国まで追い込まれ、1588年に居城を大高坂山城に移しました。

大高坂山(現 高知城)治水が悪い為、岡豊城に居城を戻しますが、1591年に浦戸城に移ると岡豊城は廃城となります。

現在では詰の礎石建物跡や三の段の土塁、石積み、四の段の虎口跡、横堀などが残され見どころとなっています。

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岡豊城・基本情報、アクセス

所在地:〒783‐0044 高知県南国市岡豊町1099‐1

城 主:長宗我部氏

形 式:山城、連郭式

文化財史跡:国指定史跡

続日本100名城スタンプ:高知県立歴史民俗資料館

岡豊城・駐車場

高知県立歴史民俗資料館の駐車場

岡豊城の北側にある「高知県立歴史民俗資料館」の駐車場を利用すると良いでしょう。

50台程停められる広さの無料駐車場で、トイレも完備しています。

岡豊城・スタンプ

高知県立歴史民俗資料館

岡豊城の続日本100名城のスタンプは「高知県立歴史民俗資料館」の受付にあります。

「高知県立歴史民俗資料館」の2Fでは長宗我部氏や岡豊城に関する展示があり、3Fには古代から現在までの高知県の歴史、民俗の資料が展示されているので、必見です。

【高知県立歴史民俗資料館】

所在地:〒783‐0044 高知県南国市岡豊町1099‐1

開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

入館料:企画展 大人520円・通常展示のみの期間 大人470円

休館日:年末年始

ウェブサイト:高知県立歴史民俗資料館

岡豊城・縄張り図

岡豊城縄張り図・案内図(現地案内板より)

岡豊城は標高97mの岡豊山に築かれた山城です。

山頂部に詰と呼ばれる本丸があり、東側に二の段、西側に三の段、四の段更に西側には出丸として機能がある厩屋曲輪が配置された連郭式の縄張りとなっています。

南側の山麓には家老屋敷曲輪も築かれていました。

岡豊城・二の段

曲輪内部

二の段に建つ四阿

岡豊城の西側に二の段があります。

二の段は詰に隣接する曲輪で、長さ45m、幅20m程の広さがあり、南側には高さ60㎝程の土塁が残されています。

二の段からは炭化物や瓦、陶磁器などが出土しています。

堀切と井戸

二の段と詰の間にある堀切と井戸

二の段と詰の間には堀切が築かれています。

堀切は深さが2m、幅は3~4m程あり、二の段から詰に迫る敵を防いでいます。

堀切の中央部には深さ4.7mの井戸があり、雨水を貯めて置くものであったとされています。

岡豊城・詰の段

礎石建物跡(詰下段)

詰下段の礎石建物跡

詰の東側の下段には小さな曲輪が築かれています。

詰下段には2間(5.8m)×5間(9.2m)の礎石建物跡があり、現在は地面に平面展示されています。

また、外周部には土塁が築かれ、底部には2、3段の土留用の石積みが築かれています。

礎石建物跡

詰の礎石建物跡

山頂部に詰(本丸)があります。

詰は1辺が40m程の三角形の形をした曲輪で、礎石建物跡や石敷遺構、溜井(雨水を貯める井戸)の土坑、柱穴が発見されています。

礎石建物跡は5間(10.4m)×4間(7.2m)と1間(1.4m)×1間(2.0m)の2つが確認されており、位置や大きさから天守の全身である2層以上の建物であったと考えられています。

岡豊城・三の段

土塁と石積み

三の段の石積みと礎石建物跡

詰の西側に三の段があります。

三の段は詰の西、南側を囲む帯状の曲輪で、礎石建物跡が確認されています。

外周部には石積みが施された土塁が築かれていて、高さは1m程になります。

石積みの土塁は良好に残されていて、見どころです。

石段

三の段の石段

三の段には詰に登る為の石段が造られています。

石段は岩盤を削り、両側は野面積みの割石を使用して築かれています。

岡豊城・四の段

横堀

四の段の横堀

三の段の西側には四の段があります。

四の段には横堀が築かれていて深さは1~2m、長さは10m以上あり、四の段を守っています。

弧を描く横堀は良好に残されていて見どころです。

虎口跡

四の段の虎口跡①

四の段には虎口跡があります。

虎口は両側は土塁の壁がそそり立ち、通路の右側には石積みが残されています。

当時は門が建てられていたのかも知れません。

四の段の虎口跡②

奥に進むと土塁に囲まれた桝形と云われる四角い空間が築かれています。

外周部の土塁は高さが1~2m程で、三の段側から横矢が掛けられるように工夫されています。

四の段の虎口は良好に残されていて見どころです。

岡豊城・厩屋曲輪

堀切

厩屋曲輪手前にある堀切跡

四の段と厩屋曲輪の間には堀切が築かれています。

堀切は現在アスファルトが敷かれた道路となっていますが、当時はかなり大きな堀切であったと思われます。

曲輪内部

厩屋曲輪に建つ展望台

厩屋曲輪は岡豊城の西端に位置する曲輪で、大きさは30m×17mの楕円形となっています。

南側の斜面には畝状竪堀群、北西には二重の堀切が築かれています。

岡豊城の西側を守る出城としての機能があります。

景色

展望台から見える景色

厩屋曲輪には展望台が設置されています。

展望台からは国分川や遠くの山々を眼下に見る事ができます。

まとめ

高知県立歴史民俗資料館に立つ長宗我部元親 飛翔之像

岡豊城は礎石建物三の段の土塁と石積み、四の段の横堀、虎口跡などが見どころです。

長宗我部元親がこの岡豊城を居所として四国を統一した歴史的に重要なお城となっています。

岡豊城ウェブサイト:高知県立歴史民俗資料館

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