愛知県新城市の高城砦(たかつきとりで)です。
1560年の桶狭間の戦い後、西郷氏と菅沼氏は徳川家康に属した為、菅沼定盈(さだみつ)の居城である野田城が今川方に攻められました。
野田城は落城し菅沼定盈は姻戚関係にある西郷に退き、高城砦を築きました。
1562年に今川方に再び攻められ、西郷正勝、元正父子は討ち死にしましたが、菅沼定盈は野田城を奪還しました。
高城砦は五葉城より標高が30m高い場所に位置し、尾根伝いに曲輪が形成されていて、二の曲輪の前面に築かれた堀切と土塁が良好に残されていて見どころとなっています。
高城砦・基本情報、アクセス
所在地:〒441-1335 愛知県新城市富岡南川
城 主:菅沼氏
形 式:山城
文化財史跡:なし
日本100名城スタンプ:該当無し
高城砦・駐車場
高城砦に専用駐車場はありません。
五葉城の麓にある五葉湖の駐車場を利用すると良いでしょう。
高城砦・登城道
登城口
高城砦は五葉城から南へ歩いて2分程の所に登城口があります。
標識があるので分かり易いかと思います。
堀切
登城口に入って右の道へ行くと堀切があります。
堀切は深さが2~3m、幅は1~2m程あり、西側から来る敵を防ぐ為に築かれています。
この先には物見台が2箇所築かれています。
山道
登城口を真っ直ぐ行くと写真の看板があり、この斜面の山道を登って行くと高城砦の本丸に着きます。
高城砦・一の曲輪
曲輪内部
一の曲輪は標高383mの高さにあり、高城砦で一番広い曲輪です。
曲輪の北西側に土塁が築かれていて、一の曲輪の背後を守っています。
縄張り図付きの説明板もあるので、分かりやすくて良いです。
土塁
一の曲輪の北西には土塁が残されています。
土塁は縄張り図を見るとL字状になっていて、一の曲輪の背後から迫る敵を防ぐ効果がありそうです。
土塁の近くには大きな岩もあります。
高城砦・二の曲輪
曲輪内部
一の曲輪の南側の一段下がった場所に二の曲輪があります。
一の曲輪よりも一回り小さい曲輪となっています。
堀切
二の曲輪の先には堀切が築かれています。
堀切は一の曲輪から高低差が12mあり、堀幅は2~3mほどある大規模なものとなっています。
高城砦で一番良好に残されている遺構なので見どころです。
土塁
堀切の外側には土塁が築かれています。
土塁は高さが1~2m程あり、堀切と合わさると尾根伝いに来る敵に対して効果を発揮しそうです。
土塁と堀切は弧を描くように曲線状に築かれているので、三日月堀のような感じとなっています。
まとめ
高城砦は二の曲輪の先にある堀切と土塁が見どころです。
五葉城から近いので訪れた際は合わせて見学すると良いでしょう。
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