お城の紹介をします。
愛知県豊田市の武節城です。
永正年間に田峯の菅沼定信が築いた平山城です。
1556年に信州の下条信氏に攻められ落城しました。その際に姫が身を投げた伝説があり、現在でも姫井戸が城下に残されています。
1571年には武田信玄が本格的に三河侵攻を開始し、2万5千の大軍を率いて飯田から南下し武節城に迫った為、武節城は戦わずに開城しました。
1573年には徳川家康の長男である信康が、初陣として武節城を攻略した事でも有名です。
1575年には長篠の戦いに敗れた武田勝頼が、田峯城に入城しようとしまいたが、家臣の寝返りに合い断念しました。
その為、勝頼は武節城に入城後、梅酢湯を飲み一泊し、甲州へと逃れて行きました。
現在でも本丸、二の丸、三の丸などの曲輪跡が残されています。特に本丸と外曲輪間に築かれた空堀は巨大で見どころとなっています。
武節城・基本情報、アクセス
所在地:〒441-2522 愛知県豊田市武節町シロ山194
城 主:菅沼氏
形 式:平山城 連郭式
文化財史跡:豊田市指定史跡
日本100名城スタンプ:該当無し
武節城・駐車場
武節城の南側には「道の駅 どんぐりの里いなぶ」があります。
こちらの駐車場を利用すると良いでしょう。100台位駐められる大きな駐車場です。
道の駅には武節城のパンフレットもあるので、ゲットしましょう。
武節城・御城印
武節城 御城印
武節城は御城印が販売されています。
「道の駅 どんぐりの里いなぶ」で、1枚300円で購入できます。
四季に応じた絵柄になっており、5枚(春・初夏・夏・秋・冬)集めると1枚の絵になるように工夫されています。
カラフルで綺麗な御城印です。
武節城・登城道
道の駅の道路を挟んだ所に登城口があります。
三の丸まで歩いて5分程で行くことができます。
ちなみに本丸には広場となっていて駐車できるので、車で上る事も可能です。
武節城・三の丸
坂道を上って行くと三の丸が見えてきます。
三の丸は現在畑となっているので、中には入れません。
武節城・二の丸
三の丸の一段上には二の丸があります。
二の丸は本丸と三の丸の間にあり、平地が広がっています。
本丸、二の丸、三の丸が一直線に段々に築かれていて、連郭式の縄張りとなっています。
武節城・本丸
二の丸の一段上には本丸があります。
本丸には石碑や案内板が設置されていて、武節城の歴史を学ぶことができます。
物見台・狼煙台
本丸の更に一段上には、物見台・狼煙台があります。
武節城は信州と美濃の境目にあるお城で、三河の最前線基地として狼煙によって情報の伝達を行っていました。
現在では八幡神社が建立されています。
本丸からの景色
本丸からは北側の景色を一望する事ができます。
北には美濃、北東には信濃と交通の要衝に、武節城が築かれている事を実感します。
景色が良く一息付くには良いです。
武節城・蔵屋敷跡
本丸の隣には蔵屋敷跡があります。
蔵屋敷跡の詳細は分かりませんが、文字通り蔵や屋敷が建ち並んでいたと思われます。
兵糧や武具などがここに保管されていたのでしょうか。
空堀
本丸と外曲輪の間には巨大な空堀が築かれています。
空堀はとにかく巨大で、どこから人工的に築かれた空堀なのか、はたまた自然の地形なのか良く分かりません。
しかし、500年前に築かれた空堀が現在でもこの規模で残されているのは圧巻で、見応えがあります。
空堀は武節城の見どころです。
武節城・姫井戸
武節城の西には、姫井戸があります。
姫井戸は1556年に武田家の家臣である下条信氏によって攻められた際に、武節城の姫が敵の手に掛かるよりはと思い、井戸に身を投げたと云う伝説が伝わっています。
三日月の夜に豆腐に針を刺して収めると、裁縫が上達すると云う言い伝えもあります。
最後に
武節城は本丸と外曲輪間に築かれた空堀が見どころです。
また、戦略上の重要地点に位置している為、武田家や徳川家などの争奪戦となり、歴史的にも重要であり、歴史ロマンに浸れるお城です。
武節城ウェブサイト
https://www.tourismtoyota.jp/spots/detail/40/
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